採寸という名の尋問、あるいは損害評価
「違う! これも違う! こんな布きれ、私の体に合うわけがないでしょう!」
ガシャン、と。
鼓膜を突き刺すような、重厚な金属の破砕音が石床に炸裂した。
貴妃の宮殿へと足を踏み入れた瞬間、私のつま先を掠めるようにして、磨き抜かれた青銅の鏡が滑り抜けていく。
室内は、理性を剥ぎ取られた嵐の後のようだった。
床を埋め尽くしているのは、鮮血のような紅、夜を切り取ったような紺、そして毒々しいまでの極彩色の絹織物。
尚服局の若い女官たちは、血の気の引いた顔で肩を寄せ合い、震え声さえ出せずに立ち尽くしている。
「申し訳ございません、貴妃様! ですが、寸法通りに仕立てておりまして……」
「言い訳はおよし! 見てご覧なさい、この胸元の緩みを。私が貧相に見えると言いたいの!?」
王貴妃が、仕上がったばかりの豪華な礼服を、蛇の抜け殻でも引き裂くような勢いで指差した。
私は散乱する絹の波を慎重に跨ぎ、静かに前へと進み出た。
現場介入の時間。
「……失礼いたします。尚服局より、再採寸の担当として参りました」
私の声は、熱り立った室内の空気を冷徹に断ち切った。
王貴妃は、充血した目で私を射抜くように睨みつける。
その瞳の奥には、周囲を圧する権威とは裏腹な、剥き出しの神経が脈打っていた。
「またあんた? ……ふん、いいわ。私の体が『規格外』に美しいことを、その無能な目で確認しなさい」
彼女は翻るようにして衝立の向こう側へと入り、両手を傲然と広げた。
私は絹製のメジャーを手に、彼女の背後へと回り込む。
至近距離で捉えた彼女の背筋は、眩いほどに白く、そして――薄氷のように脆かった。
指先が、わずかに彼女の肌に触れる。
ビクリ、と。
彼女の華奢な肩が、電流を流されたように跳ねた。
指の腹から伝わってくるのは、ひどく乾燥した、水分を失った肌のざらつき。
「……失礼します」
事務的にメジャーを回す。
アンダーバスト。ウエスト。ヒップ。
絹の紐が彼女の輪郭を締め上げるたび、私の脳内で確信が数値へと固定されていく。
(……前回のデータより、全体で五寸も減っている)
これは「仕立てのミス」などではない。
短期間で行われた、劇的な痩身。
美意識に基づいたダイエット?
いや、違う。
この痩せ方は、磨き上げられた機能美ではなく、ただひたすらに生命力を削り取られた、壊滅的な「資産の消耗」だ。
メジャーを巻き取りながら、私は鏡越しに彼女の貌を覗き込んだ。
分厚く塗り込められた白粉の層。その下で、紫色のクマが痣のように透けて見えている。
(拒食の兆候……あるいは、過度なストレスによる自律神経の失調)
原因の特定は容易だった。
実家である王家――最大級のスポンサーからの、天井知らずのプレッシャー。
不可能なKPI(重要業績評価指標)を突きつけられ、精神の摩耗を隠して立ち続ける、哀れな中間管理職の姿。
「……どうしたの? 早く数字を言いなさい」
不自然な沈黙に耐えかねたように、彼女が苛立ちを露わにした。
ここからは、採寸ではない。
コンサルティングのための、核心を突くヒアリングだ。
「貴妃様。……最近、よく眠れていらっしゃいますか?」
「は? 何を……」
「この数字は、美しさの証ではありません。悲鳴です」
私は彼女の耳元、髪の毛一筋の距離まで近づき、誰も聞いていないことを確認してから、冷徹な真実を囁いた。
「実家からの要求水準が、高すぎるのではありませんか?」
その瞬間。
鏡の中に映っていた「完璧な仮面」が、音もなく粉々に砕け散った。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




