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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第1部『隠れ家の監査役』

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減価償却の論理、あるいは永遠なる投資

「……陛下。投資の基本をご存じですか?」


私は、指先に残るわずかな熱を切り離すようにして、冷え切った湯呑みを卓に置いた。

瓦を叩く雨音が、急に遠ざかった気がした。


室内の静寂を切り裂いた私の声は、我ながら驚くほど低く、事務的な冷徹さを帯びて響く。


「資産価値というものは、永遠ではありません。特に『美貌』という有形資産は、時間の経過とともに必ず価値が目減りします。これを『減価償却(げんかしょうきゃく)』と言います」


「げんか……?」


聞き慣れない単語に、李宵(リ・ショウ)が長い睫毛を震わせ、困惑の色を浮かべる。

その思考の隙を逃さず、私は言葉の弾丸を畳み掛けた。


「顔が良い?  結構なことですが、それはせいぜい数十年の耐用年数しか持たない、移ろいやすい消耗品です。そんな減価償却される不安定な資産に依存して、一国の経営が成り立ちますか?  無理です。リスクが大きすぎる」


私は指先を空中で動かし、彼の手元にある書類を、トントンと小気味よいリズムで叩いた。


「私が真に評価しているのは、こっち(スペック)です」


「……あ?」


「貴方が書いた、この条文。既得権益という名のボトルネックを切り崩し、末端の農民に利益を還元するシステム。……これには、百年先まで帝国を富ませる『永続的な価値』があります。このロジックは古びない。減価償却もされない」


私は深く、湿った空気を肺に吸い込んだ。


「私は、いずれ消えていく顔という名の外見(パッケージ)になど投資しません。私が全財産をベットしているのは、李宵(リ・ショウ)という一人の男が持つ『中身(知性)』です」


言い切った。


沈黙が、重く、粘り強く部屋を支配する。

雨音さえ聞こえなくなるほどの、完全な空白。


……しまった。言い過ぎたか。


不敬という名のコンプライアンス違反も甚だしい。

じわりと背中に冷や汗が(にじ)み始めた、その時だった。



ガッ。



手首を、鉄の枷のような力で掴まれた。


「……!」


抗う間もなく引き寄せられる。

重心を失り、私の体は前のめりになって紫檀の机に押し付けられた。


目の前に、彼の顔がある。

近い。


龍脳(りゅうのう)の香りが、雨の湿気と混ざり合い、爆発するように嗅覚を占拠した。


彼の瞳孔が、開いていた。

憂鬱な色は跡形もなく消え去り、そこには獲物を追い詰めた捕食者特有の、灼熱の光が灯っている。


「……消耗品、だと?」


喉の奥で震えるような、低い声音。

彼の薄い唇は、あふれ出す愉悦(ゆえつ)を噛み殺すように歪んでいる。


「誰もが崇め、(ひざまず)くこの顔を……お前は、価値が下がると切り捨てたのか。この俺を、外見(パッケージ)ではないと言い切ったのは……お前が初めてだ」


「じ、事実……を述べたまで……ですっ」


「ははッ!」


彼は短く、乾いた笑声を上げ、掴んだ手首をさらに強く引き寄せた。

勢い余って、私の指先が、彼の赭黄(しゃこう)の衣越しに胸元へ触れる。


ドクン。ドクン、ドクン。


掌を通して直接伝わってくる、早鐘を打つ鼓動。

それは、冷徹な皇帝のものではなく、一人の、激しく(たか)ぶった男の拍動だった。


「そうだ。その通りだ、林鈴(リン・リン)。……お前だけだ、俺の中身を正しく査定していたのは」


熱い吐息が、私の唇をかすめる。


「ならば、その責任を取れ。……俺の価値を見出したお前が、生涯をかけて俺という資産を『運用』しろ。……命令だ」


それは、帝王としての絶対的な業務命令であり。

そして、二度と私を外の世界へ逃がさないという、逃れようのない愛の告白だった。

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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