減価償却の論理、あるいは永遠なる投資
「……陛下。投資の基本をご存じですか?」
私は、指先に残るわずかな熱を切り離すようにして、冷え切った湯呑みを卓に置いた。
瓦を叩く雨音が、急に遠ざかった気がした。
室内の静寂を切り裂いた私の声は、我ながら驚くほど低く、事務的な冷徹さを帯びて響く。
「資産価値というものは、永遠ではありません。特に『美貌』という有形資産は、時間の経過とともに必ず価値が目減りします。これを『減価償却』と言います」
「げんか……?」
聞き慣れない単語に、李宵が長い睫毛を震わせ、困惑の色を浮かべる。
その思考の隙を逃さず、私は言葉の弾丸を畳み掛けた。
「顔が良い? 結構なことですが、それはせいぜい数十年の耐用年数しか持たない、移ろいやすい消耗品です。そんな減価償却される不安定な資産に依存して、一国の経営が成り立ちますか? 無理です。リスクが大きすぎる」
私は指先を空中で動かし、彼の手元にある書類を、トントンと小気味よいリズムで叩いた。
「私が真に評価しているのは、こっち(スペック)です」
「……あ?」
「貴方が書いた、この条文。既得権益という名のボトルネックを切り崩し、末端の農民に利益を還元するシステム。……これには、百年先まで帝国を富ませる『永続的な価値』があります。このロジックは古びない。減価償却もされない」
私は深く、湿った空気を肺に吸い込んだ。
「私は、いずれ消えていく顔という名の外見になど投資しません。私が全財産をベットしているのは、李宵という一人の男が持つ『中身(知性)』です」
言い切った。
沈黙が、重く、粘り強く部屋を支配する。
雨音さえ聞こえなくなるほどの、完全な空白。
……しまった。言い過ぎたか。
不敬という名のコンプライアンス違反も甚だしい。
じわりと背中に冷や汗が滲み始めた、その時だった。
ガッ。
手首を、鉄の枷のような力で掴まれた。
「……!」
抗う間もなく引き寄せられる。
重心を失り、私の体は前のめりになって紫檀の机に押し付けられた。
目の前に、彼の顔がある。
近い。
龍脳の香りが、雨の湿気と混ざり合い、爆発するように嗅覚を占拠した。
彼の瞳孔が、開いていた。
憂鬱な色は跡形もなく消え去り、そこには獲物を追い詰めた捕食者特有の、灼熱の光が灯っている。
「……消耗品、だと?」
喉の奥で震えるような、低い声音。
彼の薄い唇は、あふれ出す愉悦を噛み殺すように歪んでいる。
「誰もが崇め、跪くこの顔を……お前は、価値が下がると切り捨てたのか。この俺を、外見ではないと言い切ったのは……お前が初めてだ」
「じ、事実……を述べたまで……ですっ」
「ははッ!」
彼は短く、乾いた笑声を上げ、掴んだ手首をさらに強く引き寄せた。
勢い余って、私の指先が、彼の赭黄の衣越しに胸元へ触れる。
ドクン。ドクン、ドクン。
掌を通して直接伝わってくる、早鐘を打つ鼓動。
それは、冷徹な皇帝のものではなく、一人の、激しく昂ぶった男の拍動だった。
「そうだ。その通りだ、林鈴。……お前だけだ、俺の中身を正しく査定していたのは」
熱い吐息が、私の唇をかすめる。
「ならば、その責任を取れ。……俺の価値を見出したお前が、生涯をかけて俺という資産を『運用』しろ。……命令だ」
それは、帝王としての絶対的な業務命令であり。
そして、二度と私を外の世界へ逃がさないという、逃れようのない愛の告白だった。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




