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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第1部『隠れ家の監査役』

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花飾りの偶像、あるいは過剰包装の悲劇

私は何も言わず、鉄瓶を傾けて新しい湯を注いだ。


トクトク、と小気味よい水音が、外で降り続く雨音の空白を埋めていく。

立ち上る白い湯気が、彼の冷え切った貌を柔らかくボカし、皇帝という名の過剰な包装紙を一時的に剥ぎ取ってくれた。


「……探花使(たんかし)という役目を、知っているか」


温かな湯呑みを、折れそうなほど細く、けれど節くれだった両手で包み込みながら、彼がポツリと漏らした。


「ええ。科挙の合格者のうち、最も若く美しい者が選ばれ、長安中の名園を回って一番の花を摘む……。春の宴を彩る、象徴的な主役ですね」


「そうだ。かつて、俺はその役だった」


李宵(リ・ショウ)は遠い目をした。

その瞳の奥に、かつての華やかなパレードの幻影が、極彩色のノイズとなって映り込んでいるのが見えた。


「馬に乗り、紅い花を髪に挿し、長安の街を練り歩く。沿道からは黄色い声援が飛び、投げられた花で道が埋まるほどだった。……誰もが俺を称賛したよ。『天上の美貌だ』とな」


彼の声は、砂漠の風のように乾いていた。

それは栄光の記録ではない。衆人環視の中で「鑑賞物」として扱われた、公開処刑の記憶だ。


「だがな、林鈴(リン・リン)。その宴の席で、俺が何を話したか、誰も――一人として覚えていないんだ」


ギュッ、と彼が湯呑みを握りしめる。

指先が白く変色し、陶器が(きし)む音が雨音に混じった。


「俺は、農村の疲弊について論じた。税制の不備を指摘し、治水の必要性を訴えた。……だというのに、翌日、都で話題になったのは『李宵(リ・ショウ)様の涼やかな声音』と『流し目の色気』だけだ」


――消費されたのだ。


彼は皇帝という、帝国のCEO(最高経営責任者)という地位にありながら、その実、大衆にとっては「鑑賞するための偶像」という名の不採算資産でしかなかったのだ。


「中身なんて、誰も見ていない。俺がどんなに声を枯らして政策を語ろうと、奴らは俺の顔の皮という名の外見(パッケージ)しか見ていないんだ」


彼は自嘲気味に笑い、湯呑みの水面に映る自分の完璧な造形を、呪わしいものを見るように睨みつけた。


「いっそ、この顔に消えない火傷(あと)でも負えば、奴らはようやく俺の言葉を聞くようになるのか?」


喉の奥がヒリつくような、危険な言葉。

美しすぎる器が、中身の正当な評価を阻害している。


雨脚が一段と強まる。

屋根を叩く激しい振動が、この隠れ家を世界から切り離していく。


ここには、皇帝も、妃嬪もいない。

ただ、自分の存在価値を正しく計上されずに傷ついた、一人の男。

そして、それを冷徹に分析する女がいるだけだ。


私は静かに、湿った空気を肺に溜めた。

同情はしない。慰めもしない。


そんな歩留(ぶど)まりの悪い感情は、彼の矜持を傷つけるだけのゴミだ。

私が彼に与えるべきなのは、もっと硬質で、確実な「再評価」だけだ。

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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