表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第1部『隠れ家の監査役』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/123

雨の憂鬱、あるいは容姿という名の不採算性

シトシト、シトシト。


瓦屋根の隙間を縫うように、長安の湿りきった夜が隠れ家へ侵食してくる。

降り続く雨音は、低周波のノイズとなって石壁を伝い、私の足元から体温を奪い去っていった。


石造りの倉庫は、雨天時には最悪の作業環境となる。

壁が汗をかいたように湿り気を帯び、空気の中には古紙と黴、そして――沈殿するように重く漂う、龍脳(りゅうのう)の冷たい香りが混ざり合っていた。


卓上の宣紙(せんし)が、湿気を含んで筆の運びを重くする。

私は無意識に眉根を寄せ、向かい側に座る男――李宵(リ・ショウ)を視界に捉えた。


今夜の彼は、いつもなら私を射抜くはずの黒曜石の瞳を、冷え切った茶杯の底へと沈めている。


「……また、言われたか」


ポツリと、雨粒が水面に落ちるような微かな声がした。

その声音には、帝王としての覇気も、改革者としての鋭利な熱も含まれていない。

ただ、最適化を放棄した不渡り手形のような、乾いた諦念だけが響いていた。


「何のことですか?」


私は筆を置き、墨を吸いすぎた穂先を硯の端で整えた。

彼は視線を上げないまま、濡れたような睫毛を微かに震わせ、自嘲気味に口角を歪める。


「顔だ」


窓の格子を伝う雨水の向こうで、彼の美貌が白く(にじ)んで見えた。


「今日の朝議で、ある老臣が言った。『陛下のお顔立ちは、あまりに精緻に過ぎ、威厳に欠ける』とな。……国境に異民族が攻めてきた際、その麗しい顔で睨みつけたところで、敵兵は怯えぬ。むしろ略奪の意欲を煽るだけだ、だとさ」


白磁の肌、切れ長の瞳、一筋の乱れもなく結い上げられた黒髪。

確かに、目の前の男は暴力装置の頂点に立つ者としては、あまりに完成されすぎた芸術品だ。


その造形美は、戦場を駆ける荒々しい武官たちや、泥を啜って生きてきた古参の官僚たちにとって、「弱さ」という名の欠陥として計上されているのだろう。


「……ハラスメントですね」


私の唇から、前世の語彙が乾いた音を立ててこぼれ落ちた。


「はらすめんと……?」


「容姿を理由に、個人の能力や資質を否定することです。論理の飛躍も甚だしい、低レベルな攻撃ですよ」


私は胸の内で、その老臣の主張を「ROI(投資対効果)の極めて低いノイズ」としてシュレッダーにかけた。


顔がいいから弱い。若いから未熟だ。女だから実務に向かない。

そんな無意識のバイアスが、どれほど組織の成長を阻害し、有能な人材の精神を摩耗させてきたか。


部屋に充満する龍脳(りゅうのう)の香りが、雨の重みに耐えかねて、床へと低く沈んでいく。

それは、彼の心に根を張った憂鬱の質量そのものであり、私の呼吸をわずかに浅くさせた。


「俺は、飾り物ではない」


李宵(リ・ショウ)が、卓の下で拳を握りしめる。

節くれだった長い指の、関節が白く浮き上がるほどの強さ。


その瞬間、彼の白い首筋に一本の血管が青く浮き上がり、トクトクと激しい拍動を刻んでいるのが見えた。


それは、玉座という名の美しきショーケースに閉じ込められた、誇り高き獣の咆哮だった。


冷たい雨音が、二人の間の沈黙を執拗に叩き続ける。

私は算盤を弾く時よりも強い集中力で、目の前の「傷ついた資産」をどう再定義すべきか、思考の足跡を辿(たど)り始めた。

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ