雨の憂鬱、あるいは容姿という名の不採算性
シトシト、シトシト。
瓦屋根の隙間を縫うように、長安の湿りきった夜が隠れ家へ侵食してくる。
降り続く雨音は、低周波のノイズとなって石壁を伝い、私の足元から体温を奪い去っていった。
石造りの倉庫は、雨天時には最悪の作業環境となる。
壁が汗をかいたように湿り気を帯び、空気の中には古紙と黴、そして――沈殿するように重く漂う、龍脳の冷たい香りが混ざり合っていた。
卓上の宣紙が、湿気を含んで筆の運びを重くする。
私は無意識に眉根を寄せ、向かい側に座る男――李宵を視界に捉えた。
今夜の彼は、いつもなら私を射抜くはずの黒曜石の瞳を、冷え切った茶杯の底へと沈めている。
「……また、言われたか」
ポツリと、雨粒が水面に落ちるような微かな声がした。
その声音には、帝王としての覇気も、改革者としての鋭利な熱も含まれていない。
ただ、最適化を放棄した不渡り手形のような、乾いた諦念だけが響いていた。
「何のことですか?」
私は筆を置き、墨を吸いすぎた穂先を硯の端で整えた。
彼は視線を上げないまま、濡れたような睫毛を微かに震わせ、自嘲気味に口角を歪める。
「顔だ」
窓の格子を伝う雨水の向こうで、彼の美貌が白く滲んで見えた。
「今日の朝議で、ある老臣が言った。『陛下のお顔立ちは、あまりに精緻に過ぎ、威厳に欠ける』とな。……国境に異民族が攻めてきた際、その麗しい顔で睨みつけたところで、敵兵は怯えぬ。むしろ略奪の意欲を煽るだけだ、だとさ」
白磁の肌、切れ長の瞳、一筋の乱れもなく結い上げられた黒髪。
確かに、目の前の男は暴力装置の頂点に立つ者としては、あまりに完成されすぎた芸術品だ。
その造形美は、戦場を駆ける荒々しい武官たちや、泥を啜って生きてきた古参の官僚たちにとって、「弱さ」という名の欠陥として計上されているのだろう。
「……ハラスメントですね」
私の唇から、前世の語彙が乾いた音を立ててこぼれ落ちた。
「はらすめんと……?」
「容姿を理由に、個人の能力や資質を否定することです。論理の飛躍も甚だしい、低レベルな攻撃ですよ」
私は胸の内で、その老臣の主張を「ROIの極めて低いノイズ」としてシュレッダーにかけた。
顔がいいから弱い。若いから未熟だ。女だから実務に向かない。
そんな無意識のバイアスが、どれほど組織の成長を阻害し、有能な人材の精神を摩耗させてきたか。
部屋に充満する龍脳の香りが、雨の重みに耐えかねて、床へと低く沈んでいく。
それは、彼の心に根を張った憂鬱の質量そのものであり、私の呼吸をわずかに浅くさせた。
「俺は、飾り物ではない」
李宵が、卓の下で拳を握りしめる。
節くれだった長い指の、関節が白く浮き上がるほどの強さ。
その瞬間、彼の白い首筋に一本の血管が青く浮き上がり、トクトクと激しい拍動を刻んでいるのが見えた。
それは、玉座という名の美しきショーケースに閉じ込められた、誇り高き獣の咆哮だった。
冷たい雨音が、二人の間の沈黙を執拗に叩き続ける。
私は算盤を弾く時よりも強い集中力で、目の前の「傷ついた資産」をどう再定義すべきか、思考の足跡を辿り始めた。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




