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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第1部『隠れ家の監査役』

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重力圏、あるいは不可逆な投資契約

ポタリ、ポタリ。

瓦屋根の端から滴り落ちる雫が、石畳を叩いて単調なリズムを刻み始めた。


荒れ狂った豪雨は去った。

だが、隠れ家の石壁の隙間に閉じ込められた空気は、ねっとりと肌にまとわりつくような質量を持って沈殿している。


李宵(リ・ショウ)がゆっくりと、私の手首に込めていた力を抜いた。


けれど、指先は離れない。

彼の親指が、赤く浮き上がった私の手首の内側を、獲物の命を確認するように、ゆっくりと、執拗(しつよう)になぞった。


「……痛かったか」


「いえ。……業務上の事故と認識しています」


私が強がると、彼の喉の奥から、乾いた空気の震えが漏れた。

あるのは、計算の末に最適解を導き出した捕食者の、底知れない余裕だけだ。


「お前は、残酷な女だ」


彼は名残惜しそうに指を滑らせて離すと、音もなく立ち上がった。

窓の格子越しに、世界の色彩が変わり始めている。


彼は逆光の中に立ち、私を影の中に閉じ込めるようにして見下ろした。


「誰もが俺の『皮』にひれ伏す中で、お前だけが俺の骨を値踏みし、あまつさえ『運用してやる』と言い放った」


彼の黒い影が、私の視界を占拠する。


「……お前だけだ、林鈴(リン・リン)


低い(ささや)きが、呪文のように鼓膜へ()み込んでくる。


「この広い帝国で、俺という人間システムの価値を正しく理解したのは、お前だけだ」


ゾクリ、と背筋の芯が凍りついた。

私が彼を「投資対象」と定義し、スペックを暴いた瞬間、彼は私を「唯一の運用者」としてロックオンしたのだ。


「期待しているぞ。……俺の中身を、骨の髄まで使い潰してみせろ」


李宵(リ・ショウ)は満足げに目を細めると、濡羽色の衣を翻して背を向けた。

扉が開かれ、湿った朝の冷気が流れ込んでくる。


バタン。


重厚な扉が閉まり、静寂が戻る。

私は椅子に座ったまま、指先一つ動かせなかった。


「……とんでもない案件に、手を出してしまったかもしれない」


私は両手で顔を覆った。

定時退社?  安眠?


そんなささやかなポートフォリオの構築は、もう不可能に近い。

巨大なブラックホール(皇帝)の核に、私は触れてしまったのだから。


――扉の向こう、朝霧に消えていく李宵(リ・ショウ)の唇が、音もなく動いた。


『もう、絶対に手放さない。……この檻から、二度と出しはしない』


それは、隠れ家(聖域)という名の、不可逆な監禁の始まりを告げる誓いだった。

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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