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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第3部『御前プレゼン』

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121/123

不変の聖域、あるいは極上の報酬

隠れ家。

かつては冷たい石床に(ほこり)が堆積していただけの廃倉庫は、今や外界の喧騒(ノイズ)を完全に遮断する、私たち二人だけの「聖域(セーフティ・ゾーン)」へと再定義されていた。



木製の扉を押し開くと、閉鎖的な空間特有の重い空気を切り裂いて、弾けるような生姜しょうがの香りと、胡麻油の芳醇な熱気が鼻腔をくすぐる。

薄暗い室内を支配しているのは、規則正しく立ち昇る真っ白な湯気だ。



その向こう側、平服の麻の袖を無造作にまくり上げ、蒸籠(せいろ)の蓋を検品するように持ち上げている男がいた。

赭黄(しゃこう)の盤領袍を脱ぎ捨て、絶対君主という名の「過負荷な役割(ロール)」を一時停止した李宵(リ ショウ)は、ただの「料理に熱中する一人の男」としてそこに存在していた。






「……おかえり、鈴」



彼が振り返り、瞳の端を柔らかく(ゆる)ませる。

その視線に触れた瞬間、朝から張り詰めていた私の前頭葉の緊張が、熱い湯に浸した真綿のように(ほど)けていく。



「ただいま戻りました、あなた」



私は、彼の胸元に残る龍脳(りゅうのう)の微かな残り香を吸い込むようにして歩み寄り、至近距離で重なり合った。

唇から伝わるのは、蒸籠の熱気を含んだ温かな湿度。



それは、帝国という巨大な不採算(ふさいさん)部門を統べる冷徹な緊張感から、私たちの存在を一時的に「オフライン」へと導く、極上のスイッチだった。









たくの上には、薄く透明な皮の向こう側に赤色の海老が透けて見える、出来立ての蒸し餃子。



そして、白磁の杯に注がれた、金木犀きんもくせいの花びらが黄金色の蜜のように沈む桂花陳酒(けいかちんしゅ)

私たちは向かい合い、氷のように冷えた杯の縁を合わせた。



「……乾杯」



――カチン。



静寂を突く澄んだ音が、室内の(よど)んだ熱を弾き飛ばす。

尚書令と皇帝という最高責任者同士の契約ではなく、林鈴(リン リン)と李宵という、剥き出しの個体同士としての共鳴。



「今日の省議はどうだった?」



「ええ、元・典膳(てんぜん)の提案した『給食制度』が好評で……」






福利厚生の進捗、市場いちばで見かけた珍しい果実、明朝の雲の形。

かつては「ROI(投資対効果)の低い雑談」として切り捨てていた他愛のない情報の断片が、今はどんな極上の古典音楽よりも心地よく脳髄を癒やしていく。



誰の視線も、誰の利害も介在させない。

この数分間の、完全なプライバシーという名の「非公式な対話」を勝ち取るために、私たちはあの中の悪い世界を最適化し続けてきたのだ。



揺らめく灯火ともしびと湯気の向こう側で、李宵が長い睫毛(まつげ)を伏せ、慈しむように私を視界に収めている。

その黄金の瞳の奥に(にじ)むのは、言葉という不確実な媒体を介さずとも伝わってくる、絶対的な全肯定フル・アファメーションという名の熱だった。






食事を終え、彼が私の腰を力強く引き寄せた瞬間、空気の密度が劇的に変化する。

衣が擦れる音さえ、契約の完了を告げるサインのように、甘く、鋭く響いた。



「……ここからは、俺の専属監査役への、深夜残業代の支払いだ」



囁きと共に、龍脳の香りが熱を帯びてなだれ込んでくる。

け合う脈動。

高鳴る心拍のクロック周波数は、もはや計測不能なほどの幸福な暴走(オーバーフロー)へと、私たちを突き落としていった。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。


**あと2話で完結予定です。クライマックスまで引き続きお楽しみください。**

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