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【完結】皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第3部『御前プレゼン』

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最終オフボーディング、あるいは静寂の卒業式

卯の刻(うのこく)

本来ならば、数百本の包丁がまな板を叩く「トントントン」という高速の連打音が、心臓の鼓動のように回廊へ響き渡っている時間。






けれど今日、尚食局(しょうしょくきょく)を支配しているのは、鼓膜の奥が痛むほどの、深海に似た静寂だった。



白く、冷え切った調理台。

火の気が絶え、熱を失った巨大な(かまど)

そこにはもう、明日を繋ぐための仕込み食材アセットは存在しない。






使い込まれた巨大な鉄鍋の底が、窓から射し込む青白い薄明かりを鈍く()ね返していた。

それは、長年にわたる過酷な「現場」を戦い抜き、静かに機能を停止した老兵の鎧を思わせる質感だった。



中庭には、身の回りの品を詰めた風呂敷包みを抱えた、数百人の女官たちが整列していた。

立ち込める朝霧が、彼女たちの麻の衣や頬をしっとりと重く濡らしていく。



誰一人として言葉を発しない。

けれど、その沈黙は決して冷酷なリストラの風景ではなかった。

一つの巨大なプロジェクトを完遂させた後の、静謐(せいひつ)寂寥(せきりょう)感と、内側から(にじ)み出す熱に満ちていた。






「……これより、最後の点呼を行います」



私の喉から放たれた声が、水分を含んだ空気に重く吸い込まれていく。



名前を呼ぶ。

「はい」という、震える呼気が返ってくる。



一人一人の網膜に映る自分を、逃さず確認していく。

右も左も分からず、立ち上る湯気の向こうで泣いていた新入り。

頑固な職人気質を崩さず、味の誤差を許さなかったベテランの典膳(てんぜん)

私と共に徹夜で「後宮向け氷菓」の配合をシミュレーションし、試食の過負荷オーバーロードで共に腹を壊した同僚たち。



全員の(かお)に、このブラックな構造の中で積み上げてきた「キャリア」が、消えない誇りとして刻まれていた。






「以上、全員揃っていますね」



私は、手垢で黒ずんだ名簿を閉じ、自らの胸へと強く押し当てた。

指先に伝わる羊皮紙のザラつき。これが、私の最後の「業務」だ。



「今日で、尚食局は閉鎖です。……貴女たちはもう、誰の所有物でもありません。自由です」



その宣言を合図に、せき止めていたダムが決壊するように、低い嗚咽(おえつ)が波となって広がった。



典膳が足音を立てて歩み寄り、私の右手を、分厚い両手で包み込むように握りしめる。

その(てのひら)は、長年の熱湯と冷水、そして刃物による刺激で、岩肌のように荒れ、ひび割れていた。



けれど、そこから伝わる体温は、どんな高級なカイロよりも熱く、私の指の骨を(きし)ませるほどに力強かった。






(リン)様……いえ、皇后様。本当に、ありがとうございました。……私、故郷の街で小さな飯屋を開くつもりです。林様直伝のレシピで、長安一の繁盛店にしてみせます」



「ええ。必ず行きます。……期待していますよ、店長」



彼女は、くしゃくしゃに歪んだ泣き笑い顔で、何度も、何度も顎を引いた。



胸の奥が、鋭い刃物で薄く削ぎ取られるような痛みを訴える。

けれど、それ以上に、彼女たちの未来という名の「無形資産」が、この狭い後宮よりも遥かに広大な市場せかいで輝こうとしている事実が、私自身の成功報酬(ROI(投資対効果))よりも誇らしかった。



これは、組織の解体ではない。

彼女たちが真の人生へと踏み出すための、最も幸福なオフボーディング(卒業式)だった。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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