出口戦略の提示、あるいは情への侵食
静止した大気の中に、老いさらばえた声が礫のように投げ込まれた。
最前列で白髭を震わせる老臣が、枯れ木が擦れるような音を立てて叫ぶ。
「だ、だが……解雇された女たちはどうする! 後宮を追い出されれば、行き場を失い、路頭に迷うではないか! それを捨て置くのか!」
予測の範疇内の、人道的リスクへの懸念。
私は、指先に吸い付くような羊皮紙の滑らかな感触を確かめ、次の資料を解き放った。
墨の新しい匂いが、張り詰めた緊張を切り裂く。
「ご安心ください。……彼女たちには『出口戦略』を用意してあります」
昨日、李宵と共に深夜の灯火の下で組み上げた「再雇用リスト」と「帰郷支援計画書」。
緻密に書き込まれた数字の羅列が、朝の光にさらされる。
「能力のある者は、試験を経て正規の官僚として採用します。帰郷を望む者には、退職金として十分な持参金を与え、地方での縁談や商売の元手とさせます。……彼女たちが地方に帰れば、都の文化や技術が伝播し、地方経済も活性化します」
広間のどよめきが、周波数を変えた。
それは不採算部門の切り捨てに対する反発から、新たな成長戦略への驚嘆へと、物理的な質量を伴って転換していく。
私は一度、肺の奥まで冷えた空気を吸い込み、声を低く落とした。
演台に置いた手に僅かに重心を移し、彼らの瞳孔の動きを逃さず捉える。
ここからは、論理による殴打ではない。
彼らが無意識に守り続けている、情という名の急所を突く。
「それに……ここにいる皆様の中にも、娘を後宮に入れている方がいらっしゃるはずです」
広間の空気が、音を立てて凍結した。
笏を握る官僚たちの指が、強張る。
「後宮とは、美しい檻です。一度入れば、二度と出られない。……貴方方は、愛する娘を一生、檻の中に閉じ込めておきたいのですか? それとも、その才能を国に還元させ、あるいは温かい家庭に帰してやりたいのですか?」
老臣の喉仏が、ひくりと上下した。
彼は言葉を失い、自身の象牙の笏を、指の関節が白くなるまで握りしめている。
その視線はもはや私を見ていない。
数年間、顔も合わせていない愛娘の、幼い頃の柔らかな手の感触を思い出しているのだろう。
会場の「敵意」が「迷い」へと変質し、やがて「納得」という名の沈黙となって重く積み上がる。
風に煽られた資料が重なり合う乾いた音だけが、広大な紫宸殿に響いた。
その時。
私の背後、遥か高みにある玉座の空間が、衣擦れの音と共に揺れた。
李宵が、ゆっくりとその足を石段にかけた。
盤領袍の重い絹が、一歩ごとに「シュ、シュ」と低い音を立てる。
龍脳の香りが、雨の気配を伴って私の横へと降りてくる。
品階という名の絶対的な境界線を越え、皇帝が、臣下と同じ高さの床へと降り立つ。
「……朕も、一人の夫として、彼女を支持する」
彼の、低いチェロのような聲音が、私の脊髄を震わせる。
それは広間全体を全肯定の熱で包み込む、決定的な最後の一打。
制度の正当性ではなく、一人の男としての「意志」を剥き出しにした若き皇帝の姿に、千の笏が、完敗を認めるように静かに伏せられた。
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