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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第3部『御前プレゼン』

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112/123

千の笏、あるいは重圧の海

紫宸殿(ししんでん)



帝国の心臓部を成すこの巨大な立方体は、今、千人の官僚たちが吐き出す酸素の熱と湿り気で飽和していた。

高く閉ざされた窓から射し込む朝光は、数百年分の(すす)が染み付いた(はり)をかすめ、広間に並ぶ象牙の(しゃく)に乱反射している。



その光は、波間に散る無数の飛沫(しぶき)のように視界をチカチカと焼き、静止しているはずの文武百官が、さながら白い牙を()波濤(はとう)となってこちらへ押し寄せてくるような錯覚を呼ぶ。






私は、その「波」を真っ向から見据える演台に、一人で立っていた。

本来あるべき玉座の傍ら、皇帝の隣という「聖域」ではない。



一人の発議者として、この国の意思決定を司る冷徹なクロック周波数のど真ん中に、座標を剥き出しにして(さら)されている。



「……空気が、重い」



喉の粘膜が張り付き、飲み下した唾液が微かな痛みを残す。

千人の視線。

それは無形の圧力となって私の皮膚の毛穴一つ一つに侵入し、鉛のような質量を伴って肺を圧迫し始める。






好奇、軽蔑、敵意。そして、「女官上がりの監査役」という異物(バグ)に対する、氷点下の侮蔑。

それらが混ざり合った視線の海は、ねっとりと私の足首を絡め取り、底知れぬ沈黙の淵へと引きずり込もうとしていた。



ここでロジックが揺らげば、私はただの「秩序を乱した妖婦」として、歴史の帳簿に赤字で抹消される。

私が失敗すれば、私という「外部リソース」を全肯定し、この国の再設計(リ・エンジニアリング)を託してくれた李宵(リ ショウ)の治世までもが、機能不全に陥って瓦解する。



(……負けられない。絶対に)






不随意に震えようとする膝を、大腿部の筋肉を強張らせることで力ずくで押さえ込んだ。

(まと)っている正装の重厚な絹が、私の動きに合わせて「シュ、シュ」と乾いた衣擦れの音を立てる。



深紅の地に、細密な金糸で縫い取られた鳳凰。

昨夜、李宵が自ら「武装」として選んでくれたこの衣は、鎖帷子(くさりかたびら)のような重みで私の肩にのしかかっている。



背中には、別れ際に彼が添えてくれた手のひらの、火傷しそうなほどの熱がまだログとして残っていた。

それが、激流に流されそうな私を現世に繋ぎ止める、唯一の(アンカー)だった。



一度、深く肺を拡張させる。

線香の灰の匂いと、冷え切った墨の香りが混じり合う、張り詰めた酸素を吸い込む。



鼓膜を叩く自身の心拍音は、次第に一定のリズムを刻み始め、周囲の雑音(ノイズ)は周波数を変えて遠のいていった。

私の世界は、氷水に浸したようにクリアな静寂に支配され、網膜には今、なすべき「目的」と、それを遂行するための「手段」という名の座標だけが、鋭利に浮かび上がっている。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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