千の笏、あるいは重圧の海
紫宸殿。
帝国の心臓部を成すこの巨大な立方体は、今、千人の官僚たちが吐き出す酸素の熱と湿り気で飽和していた。
高く閉ざされた窓から射し込む朝光は、数百年分の煤が染み付いた梁をかすめ、広間に並ぶ象牙の笏に乱反射している。
その光は、波間に散る無数の飛沫のように視界をチカチカと焼き、静止しているはずの文武百官が、さながら白い牙を剥く波濤となってこちらへ押し寄せてくるような錯覚を呼ぶ。
私は、その「波」を真っ向から見据える演台に、一人で立っていた。
本来あるべき玉座の傍ら、皇帝の隣という「聖域」ではない。
一人の発議者として、この国の意思決定を司る冷徹なクロック周波数のど真ん中に、座標を剥き出しにして晒されている。
「……空気が、重い」
喉の粘膜が張り付き、飲み下した唾液が微かな痛みを残す。
千人の視線。
それは無形の圧力となって私の皮膚の毛穴一つ一つに侵入し、鉛のような質量を伴って肺を圧迫し始める。
好奇、軽蔑、敵意。そして、「女官上がりの監査役」という異物に対する、氷点下の侮蔑。
それらが混ざり合った視線の海は、ねっとりと私の足首を絡め取り、底知れぬ沈黙の淵へと引きずり込もうとしていた。
ここでロジックが揺らげば、私はただの「秩序を乱した妖婦」として、歴史の帳簿に赤字で抹消される。
私が失敗すれば、私という「外部リソース」を全肯定し、この国の再設計を託してくれた李宵の治世までもが、機能不全に陥って瓦解する。
(……負けられない。絶対に)
不随意に震えようとする膝を、大腿部の筋肉を強張らせることで力ずくで押さえ込んだ。
纏っている正装の重厚な絹が、私の動きに合わせて「シュ、シュ」と乾いた衣擦れの音を立てる。
深紅の地に、細密な金糸で縫い取られた鳳凰。
昨夜、李宵が自ら「武装」として選んでくれたこの衣は、鎖帷子のような重みで私の肩にのしかかっている。
背中には、別れ際に彼が添えてくれた手のひらの、火傷しそうなほどの熱がまだログとして残っていた。
それが、激流に流されそうな私を現世に繋ぎ止める、唯一の錨だった。
一度、深く肺を拡張させる。
線香の灰の匂いと、冷え切った墨の香りが混じり合う、張り詰めた酸素を吸い込む。
鼓膜を叩く自身の心拍音は、次第に一定のリズムを刻み始め、周囲の雑音は周波数を変えて遠のいていった。
私の世界は、氷水に浸したようにクリアな静寂に支配され、網膜には今、なすべき「目的」と、それを遂行するための「手段」という名の座標だけが、鋭利に浮かび上がっている。
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