真夜中の定款作成、あるいは国への挑戦状
肺の奥に溜まっていた恐怖の残滓が吐息と共に掃き出されると、その空白を埋めるように、脳内を灼くほどの熱狂が雪崩れ込んできた。
李宵は「二度の暴走を許さないシステムを構築する」と宣言し、黒檀の机へ、山と積まれた最高級の宣紙と、端渓の硯を広げた。
磨りたての墨の、微かな龍脳と煤の混じった鋭い香りが鼻腔を突く。
深夜の静寂の中、筆先が紙をなでる「さらさら」という摩擦音だけが、小気味よいリズムを刻んでいた。
「……根本的な原因は、権力の集中だ。皇帝一人に負荷がかかりすぎる構造が、暴走を招く」
「その通りです。権限委譲を進めましょう。……後宮を廃止し、六局を『省』に格上げして、女官を官僚として再雇用する案はどうですか?」
「良いな。予算は……あの忌々しい皇太后の離宮を売却して捻出しよう」
「ははっ! それは痛快ですね! 試算します……うん、お釣りが来ますよ」
私は卓の端で、そろばんの珠を弾く。
冷たく硬質な音が、心地よい高揚感となって指先から脳へと還流する。
私たちは額を突き合わせ、数時間後に迫った「最終プレゼン」の資料を組み上げていった。
深夜特有の、中枢神経が研ぎ澄まされたハイテンション。
この巨大な帝国をどう「再設計」するか。どんなビジョンを、強固な不文律として刻み込むか。
それは、既存の秩序という名の巨大なダムを爆破する背徳的な快感に満ちていた。
李宵が力強い運筆で骨子を書き上げ、私がその横から、朱墨で容赦なく修正を入れる。
彼の壮大な「理想」という名の設計図が、私の指先で具体的な「数字」という名の部品へ落とし込まれていく。
噛み合わなかった歯車が、一分の隙もなく組み合わさっていく、鳥肌が立つような一体感。
「……ここ、重要です。私の執務室の予算は『無制限』にしてください」
私がこっそり書き加えた条項を、李宵が灯火の陰で指差して笑う。
「おいおい、私情丸出しじゃないか。公私混同だぞ、監査役」
「必要経費です。……美味しいお茶と点心がないと、貴方の暴走を止めるエネルギーが足りなくなりますから」
「違いない。……よし、承認する。点心代は国家予算の最優先事項だ」
彼の喉の奥から、屈託のない笑いが溢れ出した。
李宵が、インクで汚れた指先で、私の頬にそっと触れる。
頬に残った黒い汚れの冷たさと、彼自身の指先から伝わる脈打つような熱。
その横顔には、もはや先代の幻影に怯える脆弱さはない。
あるのは、自らの手で未来を監査し、切り拓こうとする、若き改革者の覇気そのものだった。
指先が触れ合うたび、視線が絡むたび、言葉という不確実な媒体を介さずとも、互いの思考回路が同期していくのが分かる。
私たちは恋人であり、共犯者であり。
そして、互いのシステムの脆弱性を補完し合う、この世界で唯一無二のビジネスパートナーだった。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




