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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第3部『御前プレゼン』

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魂の監査、あるいはバグの修正

「……離せ。汚れるぞ」




氷塊(ひょうかい)のような無機質な冷たさを帯びた彼の指先が、私の(てのひら)の中で微かに震え、逃げるように後退しようとする。

私は、自身の体温をすべて彼に転嫁(トランスファー)させるような勢いで、その細い手首を掴んで離さなかった。



安っぽい同情や根拠のない慰めは、この「論理の怪物」を納得させるには不十分なリソースだ。

今、彼というシステムを再起動(リブート)させるために必要なのは、冷徹なまでに否定しようのない「確定事実(ファクト)」のみ。




「……陛下。監査報告をします」




私は、あえて寝殿の静寂を切り裂くような、事務的で抑揚のない(こえ)を選んだ。

その違和感のある響きに、彼の血走った瞳が、網膜の奥にこびりついた赤を振り払うようにして私を捉える。




「貴方は今日、剣を抜きました。殺意を抱きました。……これは事実です」




「ああ、そうだ。だから俺は……」




「ですが、振り下ろしていません。……私の声を聞いて、停止しました。これもまた、揺るぎない事実です」




私は彼の黄金の瞳を正面から射貫(いぬ)き、一語一語、その魂の深部へログを刻み込むように告げた。




「暴走する車は、ブレーキを踏んでも止まりません。壊れた機械は、停止信号を受け付けません。……でも、貴方は止まった。貴方の制御機能(理性)は、依然として正常なクロック周波数で動作しています」




「……だが、ギリギリだった。次はどうなるか……」




「ええ。だから、私がいます」




私は彼の手を自身の左胸――盤領袍の下で脈打つ、剥き出しの心音の直上へと引き寄せた。

掌を介して伝わる、速く、確かな打突。




「貴方のブレーキが甘くなったら、私が横からサイドブレーキを引きます。何度でも、全力で。……貴方が『殺せ』と言うなら、私はその倍の声で『コストが見合わない』と叫びます」




私の言葉が物理的な振動となって彼の皮膚を叩くたび、瞳孔の極端な揺らぎが収束し、死人のようだった(かお)に生気が還流していく。



自分は救いようのない怪物(バグ)ではない。ただ、極限の負荷に(さら)されている「精密で少し(もろ)いシステム」を持った一人の人間なのだと。

そう再定義(デバッグ)させることこそが、私の職務であり、生存戦略の核心。




パチン、――。




蝋燭(ろうそく)の芯が弾け、琥珀色の光が部屋の隅々を僅かに照らし出した。

彼の指関節の強張(こわば)りが雪解けのように緩み、その瞳に、かつての探花郎(たんかろう)を思わせる知的な光彩が戻ってくる。




「……サイドブレーキか。手荒だな」




「ええ。私の整備(メンテナンス)は痛いですよ? 覚悟してください」




彼の喉の奥で、乾いた笑いの粒が()ねた。

握り返してきた掌には、私の熱を吸い込み、再び脈打ち始めた「生命」の熱が宿っている。




「……ならば、頼む。俺が二度と、あんな顔で剣を抜かなくて済むように。……俺を、正しく縛り付けてくれ」




それは、龍脳(りゅうのう)の香りと共になだれ込んできた、愛の告白よりも切実な「魂の契約更新」の響きだった。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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