王の自己嫌悪、あるいは血の記憶
深夜の寝殿は、音そのものが酸素を失って窒息したかのように、重く、底冷えのする静寂に沈んでいた。
豪奢な螺鈿の調度品も、芯が燃え尽きようとして不規則に爆ぜる蝋燭の炎も、この広大な空間に滞留する「孤独」の質量をいささかも減らしてはいない。
人払いをされた無人の空間。李宵は一人、格子窓の傍らに彫像のように立ち尽くしていた。
天から降り注ぐ月光が、彼の纏う盤領袍の絹を青白く脱色し、その鋭い背中を闇の中に残酷に切り出している。
昼間、紫宸殿で抜刀し、数百人の官僚を一喝したあの絶対的な覇気は消失していた。
そこにいるのは、世界という名の巨大な機構から切り離され、己の影に怯える一人の男の成れの果てだった。
「……陛下」
私が努めて乾いた、平熱の聲音で呼びかけると、彼の肩が不随意に跳ねた。
ゆっくりと、錆ついた歯車を回すような緩慢さで振り返った彼の貌。
喉の奥が狭まる。
死人のような蒼白さの中で、充血した瞳だけが異様にぎらつき、行き場を失った恐怖という名の高熱を湛えていた。
彼は、自身の両手を――あわや剣を振り下ろし、温かな血を浴びるはずだったその掌を――まるで制御不能に陥った故障部品を見るかのように、呆然と見つめている。
「……来ないでくれ」
拒絶。けれどその声は、私を疎むものではなく、私という「聖域」に、自身が孕んだ汚濁を侵入させまいとする、悲鳴に近い警告だった。
「俺の中には、あの男と同じ血が流れている」
あの男。先帝。
かつて名君と謳われながら、晩年は疑心暗鬼という名のバグに思考を乗っ取られ、忠臣を次々と処刑して帝国という組織を自壊させた、狂気の暴君。
李宵がその生涯をかけて否定し、そして最も恐れている「血による遺伝」。
「カッとなると、視界が赤く染まるんだ。……理性が消し飛び、頭蓋の裏側で『殺せ』と誰かが叫ぶ。……今日、俺は確かにそれを聞いた」
彼の膝が、物理的な衝撃を伴ってガタガタと震え出した。
耐えきれず、彼はその場に崩れ落ちる。
冷たい石床に手をつき、肺の底に溜まった汚泥を嘔吐するように、言葉を絞り出した。
「怖いんだ、鈴。……俺は、いつかお前さえも斬るかもしれない。愛しているはずの人間を、この手で壊してしまうかもしれない……!」
それは、皇帝という完璧な仮面の下に隠蔽されていた、孤独な怪物の懺悔だった。
誰にも見せられず、監査さえ許されない、脆弱で熱い核。
私は迷わず歩み寄り、冷気を吸い込んだ床に膝をついた。
そして、氷のように熱を失い、死を待つ小鳥のように強張った彼の両手を、私の両手で力強く、密着させるように包み込んだ。
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