ロジック・バースト、あるいは腐った盾の破壊
紫宸殿の沈黙が、一気に沸騰した。
「後宮は帝国の伝統だ! 廃止など、祖宗の法への明白な反逆である!」
礼部尚書が、口角から飛沫を飛ばして咆哮する。
その興奮により、彼の盤領袍の襟元が苦しげに波打っていた。
私は、乾燥しきった喉の痛みを無視し、手元の羊皮紙の三ページ目へと視線を落とした。
「伝統、ですか。……その維持に投じられる国庫支出は、年間四十万両。対して、この『事業部門』が帝国にもたらすROIはゼロ。いえ、中抜きと横領による損失を計上すれば、算出される数値は大幅なマイナスです」
私は、使い込まれた算盤の珠を弾くような無機質な声で続けた。
「尚書。貴方は、出血し続ける傷口を『伝統』という包帯で隠し、帝国が失血死するのを傍観なさるおつもりですか?」
「ぐっ……し、しかし、皇帝陛下の血筋を絶やすわけには……」
「血筋、ですか。現在、後宮には三千人の女性が収容されていますが、陛下がその居住区に足を踏み入れた回数は、直近一年でゼロ。……機能不全を起こしたシステムを維持するために、民の血税を燃やし続ける妥当性は、この帳簿のどこにも見当たりません」
次だ。息を継ぐ暇さえ与えない。
「女官たちを解雇すれば、路頭に迷う者が溢れ、長安の治安は崩壊するぞ!」
戸部尚書が、卓を叩いて身を乗り出す。
私は十五ページ目を開き、その鼻先に突きつけた。
「ご心配なく。……彼女たちは六局二十四司の官僚機構を実務で回ってきた、稀少な『熟練技能者』です。再教育を施し、民間市場や地方官庁へ再配置すれば、推計で年間五十万両の経済波及効果が見込めます。……彼女たちは国の負担から、有力な納税者へと転換されるのです」
数字の弾丸を、淀みなく撃ち込む。
反論の振動が空気を震わせるたびに、私はインクの匂いが残る羊皮紙から、逃げ場のない確定事実を提示し、その喉元を沈黙させていく。
掌に伝わる羊皮紙のザラつきが、私の集中力を研ぎ澄ませ、周囲の喧騒が遠のく「領域」へと私を押し上げていた。
皇太后が、震える指先で象牙の扇子を握りしめ、その骨が軋む音を立てている。
もはや、彼女の理論には一銭の価値も残っていない。
だが、私は攻勢を緩めない。
最後に、彼らの胸の奥にある、最も脆弱な「感情のボトルネック」を突く。
「それに……ここにいる皆様の中にも、愛娘を後宮へと送り出している方がいらっしゃるはずです」
私はあえてトーンを落とし、肺の空気をゆっくりと吐き出しながら、高官たちの眼球の動きを一つずつ観察した。
「後宮という名の不採算部門を解体すれば、彼女たちは『妃』という名の在庫管理から解放されます。……今宵にでも、彼女たちを家族の食卓へ呼び戻せるのですよ?」
数名の高官が、ハッとしたように睫毛を震わせ、視線を泳がせた。
彼らの脳裏に、権力闘争の駒として差し出した娘の、幼い頃の体温が蘇ったのかもしれない。
張り詰めた空気が、音を立てずに弛緩していく。
勝負あった。
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