紫宸殿への殴り込み、あるいは数字の弾丸
――冬冬――。
長安の夜明けを告げる街鼓の残響が、紫宸殿の重厚な扉に吸い込まれていく。
数人がかりで押し開かれた扉が、無機質な咆哮を上げて、冷え切った朝の空気を広間へと流し込んだ。
「……妖女・林氏。入廷!」
衛士の乾いた聲が、高い天井の梁に反響する。
私は李宵の熱を孕んだ掌からそっと指を解き、一歩、磨き上げられた石床へと踏み出した。
やつれた身体を包むのは、あえて選んだ色褪せた麻の衣だ。
その粗い繊維が、手首に残る赤い枷の跡を執拗に擦り、脳中枢へと「現状の不当性」を鋭い痛みとして訴えかけてくる。
視界の先に並ぶのは、最高級の盤領袍を纏った、この国の旧弊そのものとも言える保守派の高官たちだ。
彼らの網膜が、私の惨めな装いを捉えた瞬間。
広間には、熟れすぎた果実が潰れるような湿った嘲笑と、予定調和を乱されたことへの不快な動機が充満した。
「……よくもぬけぬけと戻ってきたものだ」
最奥の、金糸の刺繍が蠢く椅子に深く腰掛けた老婆――皇太后が、象牙の親骨を持つ扇子で口元を遮った。
細められた瞳の奥にあるのは、人間に対する興味ではない。
自分の管理下にあるべき「所有物」がエラーを起こしたことへの、冷酷な排除の意志。
「この場は神聖な御前会議。罪人が足を踏み入れて良い場所ではない」
「罪人? ……異なことを仰いますね」
私は李宵の手を完全に離し、重力に逆らうように背筋を垂直に保った。
懐から取り出したのは、地下牢の石灰の壁に炭で刻んだあの「計算式」を、女官たちが指先の脂を滲ませながら清書した、質量のある羊皮紙の束だ。
――ドサッ!!
私はそれを、並み居る高官たちの視線を叩き潰すような勢いで、黒漆の卓へと叩きつけた。
石造りの空間に、乾いた重低音が炸裂する。
衝撃で舞い上がった埃が、官僚たちの高価な香油の匂いを無作法に掻き消した。
彼らは一様に、汚物でも投げ込まれたかのように顔を歪める。
「これは……なんだ?」
「『後宮解体新書』です。……この国の膿を、すべて数字で可視化しました」
私は、肺の奥から絞り出した冷徹な聲を、広間の四隅まで届くように放った。
感情による攪乱も、血筋という名の「のれん代」もここには存在しない。
逃げ場のない、客観的事実(数字)という名の弾丸による、徹底的な最終監査の開始だ。
背後で、赭黄の衣が微かに絹擦れの音を立て、李宵が愉悦を噛み殺すように口角を持ち上げた気配がした。
私の脊髄を駆け抜ける、生存戦略上の確信。
ここは断頭台へと続く敵地ではない。
私が、私の知性で構築し直した、唯一無二の独壇場なのだ。
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