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皇帝陛下の不採算な溺愛~転生コンサル、契約外の執着で定時に帰れません!~  作者: 深山 凛
第3部『御前プレゼン』

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ボロボロの参謀、あるいは傷だらけの武装

立ち昇る白濁した湯気の中に、鉄錆てつさびの匂いと乾いた血の残り香が、(よど)んだ湿気となって混じり合う。

皇帝、李宵(リ ショウ)の私的な寝殿。



私は湯殿から上がったばかりの身体を、磨き上げられた青銅鏡の前に預けていた。

鏡面に映り込んでいるのは、頬の肉が削げ落ち、鋭角になった顎のライン。



そして、陶器のような白い手首に、不採算(ふさいさん)な拘束の証として深く刻まれた、生々しい赤い(かせ)の跡だ。






「……痛むか」



背後から忍び寄った龍脳(りゅうのう)の香りと共に、低いチェロのような聲音(しょうね)が鼓膜を揺らす。

李宵の手には、青磁の小壺(こつぼ)



蓋を開ければ、ハッカと薬草が混じり合う、脳を刺すような鋭い芳香が空間を支配した。

彼の手指は、呼吸を止めて硝子細工(ガラス)を検品するかのように慎重だ。



塗り広げられた軟膏の、氷のような冷徹な感触が、熱を持った手首の擦り傷へと容赦なく浸透していく。






「大丈夫です。……これは勲章ですから」



私は鏡の中の自分を見据え、口角の端をわずかに吊り上げてみせた。

だが、私の皮膚に触れている彼の指先が、目視できないほどの微かな頻度で、けれど絶え間なく震えていることを悟り、不意に肺の空気が詰まった。



彼は、自らが統べる帝国内で、私という唯一の「資産(アセット)」を保護しきれなかった事実を、骨を削るような悔恨(かいこん)として咀嚼(そしゃく)している。



その(いびつ)な責任感を払拭するためにも、明朝の御前会議は、一秒の遅滞も許されない完全勝利でなければならない。






私は、用意されていた極上の重い絹衣(シルク)には目もくれず、あえて用意させた一着を手に取った。

それは監獄の汚れを写し取ったかのような、色褪せ、繊維の毛羽立ちが肌をチクチクと刺激する、無機質な麻の衣。



「……それを着るのか?」



「ええ。私が『被害者』であることを、視覚的に訴えます。綺麗な服を着ていては、同情も買えませんから」



これは、情報の非対称性を利用した高度なプレゼンテーションだ。

やつれた頬も、荒れた指先も、すべては皇太后というボトルネックの非道さを告発するための、生きた証拠(エビデンス)として機能させる。



李宵は、私の瞳に宿る乾いたロジックを読み取り、諦めたように眉間を緩めると、短く息を吐いた。






「……参謀殿には敵わないな」



彼は、盤領袍(ばんりょうほう)の懐から、一筋の静謐(せいひつ)な光を取り出した。

かつて彼が、私という名の「業務提携」を求めた際に贈った、深緑の翡翠(ひすい)(かんざし)



彼はそれを、湯上がりで湿り気を帯びた私の髪へと、祈りを込めるように深く()し込んだ。



「だが、これだけは着けていけ。……お前は俺の、誇り高き皇后なのだから」



鏡の中に佇む、ボロボロの麻布を(まと)った女。

その(かお)が、翡翠の冷たさが頭皮を冷やす瞬間と同期するように、一瞬だけ、捕食者の熱を(はら)んだ愛される女のそれへと変貌した。



準備完了。

私は、鏡の中の冷徹な自分と、背後に立つ孤独な支配者へ向かって、網膜の裏で静かに勝利の計算式(アルゴリズム)を完成させた。



◆◇◆

読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければ、「リアクション」や「ご感想」をいただけると嬉しいです。


また明日[19:00]にお会いしましょう。

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