白銀の青年
2025/11/27 AM10時頃に改定前の文章を投稿してしまっていたので修正させていただきました。
その日は突然、王妃の侍女に呼ばれ、特別な御人との対面に臨むよう命じられた。
「あなたと同じく、神に選ばれしお方」とだけ告げられて。
導かれた先は、神殿の最奥に佇む大礼拝堂だ。
建築と装飾彫刻が融合したその外観は壮観で、見るもの全てを圧倒する。
「これより“神子殿下”にお目通りを」
侍女はそう告げ、頭を垂れた。
大きな扉が静かに開く。
大聖堂の中は、ひんやりとした白い石でできた柱が静かに立っている。
高い天井へ向かってすっと伸びるその柱たちは、光を受けてほのかに明るく、空気まで澄んで見える。
壁に並ぶステンドグラスは、青や赤、金色の光をやわらかく落とし、白い空間に色の花を咲かせていた。
目の前に広がった光景に思わず息を飲む。
足音が自然と小さくなるような広い空間で、どこからともなく響く低い残響が、心を静かに整えていく。
ふと、祭壇の前に立つ一人の青年が視界に入る。
高い天井の下、ただ一人その場に立つ姿は、静かな空気の中で少しだけ大きく見える。
白い石に反射した光をまとった彼は、周囲の静けさに包まれながら、まるで光と祈りの中心にそっと置かれたような、そんな存在感を帯びていた。
私が祭壇の下まで歩みを進めると、青年は静かに振り返る。
白銀の髪が陽を弾き、金色の瞳が静かにこちらを向く。息を呑むほど美しい顔立ちなのに、そこには温度はなく、ただ、こちらを見下ろしていた。
「こちらが新たに王妃殿下より託された神子候補です。神子名はまだございませんので、どうぞハルシオン様がおつけください」
神官がそう紹介すると、彼は一瞥だけをくれたが、その瞳はまるで風が通り抜けたように感情がない。
けれどその一瞬で、全身が粟立つほどの威圧を感じた。
「……お前が、あの女の庇護を受けて来た女か」
青年は、まるで虫でも見るように言った。
それでも凡そ三年ぶりに誰かに注意やお叱り以外の言葉を投げかけられ、思わず姿勢を正した。
「あ、はい……わ、私の名前は……」
しかし、名乗り出る前に青年は背を向ける。
「ここでは、名前になど意味がない。あるのはルクシオンの意思と、それに従う人間だけだ」
吐き捨てるような声。
けれどその響きには、底の見えない威圧感があった。
まるでこの空間そのものが、彼にひざまずいているかのようだ。
恐怖から口を噤んだ。
青年は一歩、こちらに近づく。
裸足の足音が、石の床に淡く響いた。
神官が言った神子名とは何なのか、分からないが、一つ分かるのは青年はそれに興味が無いことだ。
「セレスティアから来たのであれば、セラでいいだろう。さっさと……」
そのとき、侍女の一人が躓いて、神像の階段に手をついた。彼の言葉の途中で失態を犯した彼女は慌てて顔を伏せる。
その姿を一瞥した青年は小さく呟いた。
「ルクシオンは、秩序を乱す者を好まない」
「も、申し訳ありません!」
彼女が慌てて立ち上がろうとすると、周囲の神官が動いた。
「穢れを落とせ」
短くそう言った老神官に同調するように、神官達が侍女の腕を掴み、そのまま奥の扉へと引きずっていく。
暫くすると、扉の向こうで悲鳴と炎の音が響いた。
それが“処罰”だと理解するのに時間はかからなかった。
「や、やめてください!」
私は思わず声を上げた。
けれど、誰も振り向かない。
「えっ、ど、どうして……」
人が恐らく、生きたまま焼かれた。
その現実が受け入れられず、私の呼吸は大きく乱れる。
「……い、今のは、あなたのせいじゃありませんか」
震える声で問うと、青年は無感情に首を傾ける。
「俺は何も命じていない。ただ、言っただけだ。秩序を乱す者を好まないと」
その言い方があまりにも平然としていて、背筋が凍る。
「そんなことで人の命を……」
「そんなこと?」
少年は冷たい目でこちらを見る。
「ここでは、それが“信仰”だ」
そう吐き捨てるように言って、彼は祭壇の上に視線を戻した。
「すぐに消える。お前のその感情も、表情も、祈りも。
ここにいる限り、全部」
彼の声はまるで呪いのようだった。
美しさと冷酷さが、恐ろしいほど同居している。
「目障りだ」
そう言い残して、彼は私の隣を歩き去った。
残されたのは、冷たい空気だけだった。
自室に戻っても、石壁の奥に響いた悲鳴が耳の奥で消えなかった。
冷たい床と閉ざされた窓がその声を反射しているようで、息が苦しくなる。
——どうして、誰も止めようとしないの?
その問いは喉まで上がっても、口に出す勇気が出なかった。
ここでは言葉ひとつが命取りになると、今日で嫌というほど思い知らされたから。
私は硬い寝台の端に座り込み、両手を膝の上で握りしめた。脳裏に焼き付いているのは、あの青年の白銀の髪に金の瞳、そして美しくも冷たい横顔。
まるで、神そのもののように見えた。けれどその瞳には、何も映っていなかった。




