表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/211

同じ空の下で

 side ノア


⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


アカデミーの鐘が、曇天を引き裂くように高く鳴り響いた。

 金属音が灰色の空へ吸い込まれていくたび、ノアの胸の内側には重い鉛が沈んでいく。


 エルダールから帰国した直後、ノアは貴族裁判にかけられた。

 彼がまだ若かったこと、これまでの帝国への忠義、そしてあの時受けた深手――さらにベネット侯爵の尽力により、最悪の刑は免れた。

 しかしその代償として、“アカデミー留学”という名目での四年の国外追放が言い渡された。

 

 彼はふと、癖のように窓の外へ視線を向けた。

 雲に覆われた空はどこまでも遠く、つかみどころがない。

 けれどその先に――エリシアの暮らすエルダールの空が、確かに続いているような気がした。


 その一想いが胸の奥を鋭く締めつける。

 手を伸ばしさえすれば触れられたはずの距離が、いまは何よりも遠い。



 アルヴェインの名は、地に落ちた。


 “皇子を守れなかった裏切りの家門”

 “皇族を死地に追いやった無能の家”


 そんな烙印が押され、爵位は剥奪、家財や領地は没収され、忠誠を尽くした家は一夜にして瓦解した。


 ――守れなかった。何もかも。


 父の亡骸が冷たい土に埋められた夜の光景は、今もまぶたの裏に焼きついている。

 ノアは剣を握りしめたまま、泥に膝をついた。


 もっと強ければ。

 もっと賢ければ。

 ほんの少しでも違う選択をしていたなら――。


 後悔は輪のように繰り返し胸を焼き、眠ることすら許さなかった。


 それでも、自分は生き残った。

 その事実だけが、彼の背中を強く押す。


 終われない。終わらせてはならない。

 ――あの日、誓ったのだから。


 「必ず、エリシア様を帝国へ還す」と。



 その為には公爵家を復興し力をつける必要があるのに、ノアはその機会をなかなか得られずにいた。


 本来なら、休暇のたびに帰国し、社交界で顔を売り、人脈を築かなければならない。

 だがノアには帰国の許可は下りなかった。

 帝国の内でアルヴェインの名が抹消されたのと同じように、国外でも“存在しない者”として扱われた。


 クラス分けはその象徴だった。

 一代貴族や富裕平民が集められる、いわば“下位クラス”。誰もが、かつての公爵家嫡子を、腫れ物のように扱った。


 さらに、有力貴族の子息が集まる上位クラスとの交流は固く禁じられた。

 それが上の意向だということは、誰もが察していた。


 教官たちの視線は冷ややかで、口にする言葉には棘があった。


「君のような者が、再び帝国の地を踏めると思うな」


 侮辱も嘲笑も、ノアは黙って受け流した。

 言葉を返せば、弱さを露呈するだけだと知っていたし、

 何より――いま嘆いている時間など、どこにもなかった。


 できることを、確実に積み重ねる。

 それだけが、唯一残された道だった。


 夜。

 アカデミーの塔は、人に忘れられた場所のように静まり返っていた。

 吹き抜ける風が古い石壁を震わせ、細い月が雲の隙間で揺れている。


 ノアは塔の頂で、古びた懐中時計をそっと開いた。

 小さな丸窓の中には――父も母も、幼い妹たちも、皆、穏やかに笑っている。


 あの幸福が、二度と戻らないものだと痛感した瞬間、胸の奥が軋んだ。


 風が白い息を攫い、夜の闇に溶かしていく。


 季節は巡り、もうすぐエリシアと別れて一年。

 たった一年――けれど、ノアには十年にも感じられた。


 彼女は元気でいるだろうか。

 眠れているだろうか。

 泣きながら夜を過ごしてはいないだろうか――。


 夜空に問いかけるように目を閉じ、ノアは息を吸い込んだ。


「……必ず迎えに行きます。

 たとえ、どんな困難があろうとも」


 小さな声は風に攫われ、夜へ溶けるように消えていく。

 だがその瞳には、燃える焦燥と静かな決意が、確かに宿っていた。


 帝国の灰の中で――

 一度すべてを失った少年は、もう一度立ち上がる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ