同じ空の下で
side ノア
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アカデミーの鐘が、曇天を引き裂くように高く鳴り響いた。
金属音が灰色の空へ吸い込まれていくたび、ノアの胸の内側には重い鉛が沈んでいく。
エルダールから帰国した直後、ノアは貴族裁判にかけられた。
彼がまだ若かったこと、これまでの帝国への忠義、そしてあの時受けた深手――さらにベネット侯爵の尽力により、最悪の刑は免れた。
しかしその代償として、“アカデミー留学”という名目での四年の国外追放が言い渡された。
彼はふと、癖のように窓の外へ視線を向けた。
雲に覆われた空はどこまでも遠く、つかみどころがない。
けれどその先に――エリシアの暮らすエルダールの空が、確かに続いているような気がした。
その一想いが胸の奥を鋭く締めつける。
手を伸ばしさえすれば触れられたはずの距離が、いまは何よりも遠い。
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アルヴェインの名は、地に落ちた。
“皇子を守れなかった裏切りの家門”
“皇族を死地に追いやった無能の家”
そんな烙印が押され、爵位は剥奪、家財や領地は没収され、忠誠を尽くした家は一夜にして瓦解した。
――守れなかった。何もかも。
父の亡骸が冷たい土に埋められた夜の光景は、今もまぶたの裏に焼きついている。
ノアは剣を握りしめたまま、泥に膝をついた。
もっと強ければ。
もっと賢ければ。
ほんの少しでも違う選択をしていたなら――。
後悔は輪のように繰り返し胸を焼き、眠ることすら許さなかった。
それでも、自分は生き残った。
その事実だけが、彼の背中を強く押す。
終われない。終わらせてはならない。
――あの日、誓ったのだから。
「必ず、エリシア様を帝国へ還す」と。
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その為には公爵家を復興し力をつける必要があるのに、ノアはその機会をなかなか得られずにいた。
本来なら、休暇のたびに帰国し、社交界で顔を売り、人脈を築かなければならない。
だがノアには帰国の許可は下りなかった。
帝国の内でアルヴェインの名が抹消されたのと同じように、国外でも“存在しない者”として扱われた。
クラス分けはその象徴だった。
一代貴族や富裕平民が集められる、いわば“下位クラス”。誰もが、かつての公爵家嫡子を、腫れ物のように扱った。
さらに、有力貴族の子息が集まる上位クラスとの交流は固く禁じられた。
それが上の意向だということは、誰もが察していた。
教官たちの視線は冷ややかで、口にする言葉には棘があった。
「君のような者が、再び帝国の地を踏めると思うな」
侮辱も嘲笑も、ノアは黙って受け流した。
言葉を返せば、弱さを露呈するだけだと知っていたし、
何より――いま嘆いている時間など、どこにもなかった。
できることを、確実に積み重ねる。
それだけが、唯一残された道だった。
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夜。
アカデミーの塔は、人に忘れられた場所のように静まり返っていた。
吹き抜ける風が古い石壁を震わせ、細い月が雲の隙間で揺れている。
ノアは塔の頂で、古びた懐中時計をそっと開いた。
小さな丸窓の中には――父も母も、幼い妹たちも、皆、穏やかに笑っている。
あの幸福が、二度と戻らないものだと痛感した瞬間、胸の奥が軋んだ。
風が白い息を攫い、夜の闇に溶かしていく。
季節は巡り、もうすぐエリシアと別れて一年。
たった一年――けれど、ノアには十年にも感じられた。
彼女は元気でいるだろうか。
眠れているだろうか。
泣きながら夜を過ごしてはいないだろうか――。
夜空に問いかけるように目を閉じ、ノアは息を吸い込んだ。
「……必ず迎えに行きます。
たとえ、どんな困難があろうとも」
小さな声は風に攫われ、夜へ溶けるように消えていく。
だがその瞳には、燃える焦燥と静かな決意が、確かに宿っていた。
帝国の灰の中で――
一度すべてを失った少年は、もう一度立ち上がる。




