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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI


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210/211

後日談-レオンの恋

 ――更に数ヶ月後。


 皇太子宮には、どこか柔らかい安らぐような静けさが満ちており、庭園の花壇には秋桜と薔薇の花が風に揺れ、コキアが赤く色付いている。


 皇帝夫妻に謁見する前、少し早めに支度を終えた私たちは、庭園のガゼボで小さな茶席を囲んでいた。


 私はそっとお茶を口にして、レオンへ向き直る。


「そういえば……レオン。

 亡命中に手当をしてくれた村の人とは、今も会っているの?」


 問いかけると、レオンはわずかに肩をすくめ、照れたように瞬きをした。


「うん。身分を隠して……時々」


「レオンの世話をしてくれた人はどんな人なの?」


「村の薬屋の娘だよ」


「まぁ……女性だったの?」


 レオンの頬は、珍しくほんのり赤く染まっていた。

 弟のそんな表情を見たのは初めてで、私は嬉しさを隠しきれなくなる。


「どんな娘さんなの?」

 

 私が胸を弾ませながら尋ねると、レオンは少しだけ考えるように視線を動かし、それからゆっくりと言葉を紡いだ。 


「熱で倒れた僕を、夜通し看病してくれて……優しい人だよ。

 でも、怒るところは容赦ない。……苦い薬を飲みたくないと言ったらで散々叱られた」


 私がにこりと笑うと、レオンはさらに耳まで赤くなった。


「家業の薬屋を手伝っているんだけど……すごく真面目なんだ。

 朝早くから店の掃除をして、薬草を干して、調合作業を手伝って。

 忙しくても絶対に手を抜かないし、誰かが怪我をすれば自分のことを後回しにして飛んでいってしまう」


「いい人なのね」


 ふわりと胸が温かくなる。


「それに……僕のことを特別扱いしないんだ」


「……特別扱いしない?」


「うん。

 村にいた頃は誰もが僕を“どこかの偉い家の息子”だと思って気を遣ってくれたけど……

 その子だけは、普通に接してくれた」


 レオンは頬をかき、少し照れ笑いを浮かべた。


「『薬は飲まなきゃ治るものも治らないでしょ!』って。

 母上みたいな口調で言うんだ。

 ……すごく懐かしくて、安心した」


 心の奥が熱くなる。優しいだけでなく、叱ってくれる人……。

 母を亡くしたレオンの心の空白をその子が埋めてくれたのだろう。


 それが亡命生活の孤独に沈んでいた弟にとって、どれほど救いになっただろう。


「僕のことを皇子や貴人としてじゃなく、レオンとして接してくれたのが嬉しかったんだ」


 その言葉にノアは小さく頷いて微笑んでいる。


「それで……姉上とノアにお願いがあって……。

 その娘、ミーティアを、皇太子妃に迎えたいと思ってるんだ。

 でも彼女は平民だから、力を貸してくれないかな」

 

「もちろん!大事な弟の為だもの!

 できることはなんでもするわ!」


 ノアがふっと笑い、肘をつく。


「……また陛下の胃痛が増えそうですね」


 レオンが苦笑しながら肩をすくめる。


「頼りにしてるよ、ノア」


「はい。お任せください」


 話が一段落た頃、レオンはふいに、にやりと片方の口角を上げた。


「……そういう姉上はどうなの?」


「え? な、何が?」


 嫌な予感に背筋がぴんと伸びる。


 レオンはわざとらしく咳払いをして、悪戯を仕掛ける子どものような笑みを浮かべた。


「じゃあ姉上。

 ――どうしてノアが好きになったのか、僕にも教えてくれない?」


「っ……!?」


 手がびくっと跳ねて、持っていたカップが揺れる。


「レオン!」


「姉上だってさっき人の恋の話を楽しんだでしょ?」


 レオンはわざとらしく肩をすくめた。


「――っ!」


「だから、ノアを好きになった理由……ひとつくらい、聞いてみたいなって思っただけ。

 ノアも聞きたいでしょ?」


 突然レオンに話を振られたノアは少し目を瞬かせた後、柔らかく微笑む。


「確かに、気にはなります」


 観念した私は少し照れくさくなって、目線をカップの中のルイボスティーに下ろした。


「ノアといると……安心するから……」


 しどろもどろに答えると、レオンはやっぱりという風に頷いた。


「確かに!ノアより頼もしい男を探すのは大変だ」


 ノアは、少し気まずそうにしながらも、どこか嬉しそうに微笑む。


 ――安心。

 その言葉に嘘はないけれど、それだけではとても足りなかった。 


 そっと、お腹に手を添える。

 内側に宿る、小さなぬくもりにも伝えたくなった。


「出会った頃からノアはかっこよかったし、穏やかで大人ぽくて余裕があるからドキドキはしてた。

 でも、その頃は恋というより憧れで……」


「いつから、なんて分からないけど、ノアが居ないとダメで……。

 ノアが居るだけで全部が大丈夫に思えるし、ノアのためなら何でも頑張れる。

 私は……たぶんノアの全部が好き」


 お腹に添えた手に、そっとノアの手が重ねられる。

 驚いて顔を上げると、彼はそっと微笑み返してくれる。


「エリー」


 ノアの空色の瞳が揺れる。


「頑張りすぎてしまう所も、本当は弱いところも、優しい所も全部好きだよ。

 これまでもこれからも、ずっと……」


「……ノア……」


 再び視線を下に下ろす。

 私たち二人の手の先には、この愛しい人との間に授かった新しい命が育っている。


(こんなに幸せでいいのだろうか……)

 

 時々、不安になる。

 こんなに満ち足りていて大丈夫なのかと。


 すると、レオンの「二人とも僕の存在忘れてない?」という笑いの声で、空気が一気に柔らかくほどけた。


「でも……いいね。そういうの。

 姉上の顔、すっごく幸せそうだ」

  

 頭上で、さらりと秋風が吹き抜けた。


 色づきかけの木々が揺れて、赤と金の葉が光の中できらりと舞う。


 葉擦れの音と、どこか照れた三人の笑い声が、庭園に静かに広がっていく。 


「……そろそろ皇宮へ向かうお時間です」

 

 控えていた侍従の声に、私たちは揃って立ち上がる。


 ノアが私のそばにすっと寄り、手を差し出した。


「エリー、足元に気をつけて。

 ……ゆっくりで大丈夫」


「ありがとう、ノア」


 その手をとると、ノアは自然に私を支えるようにしてエスコートしてくれる。

 レオンはそれを横で見て、くすっと笑った。


「姉上は本当に大事にされてるね」


「……もう、レオンったら」


 そんな他愛もないやり取りでさえ、今は幸せでたまらなかった。


「行きましょう」

 

 ノアの声が優しく響く。


 秋空の下、私たちはゆっくりと歩き始めた――

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