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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI


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209/211

後日談-芽生え

 更に二ヶ月後――


 皇女の頃にこなしていた仕事のうち、皇族と関係のない業務はカインに引き継ぎ、公爵夫人としての仕事を前公爵夫人(ノアの母)から教えて貰う日々を過ごしていた。


 今日は北方諸国との外交業務の引き継ぎのため、カインとともに皇宮を訪ねている。


「私にエリシア様の代わりが務まるか不安です……」


 廊下を歩きながら、カインは不安げに漏らす。


「大丈夫。北方諸国の代表は気さくな人ですよ」


 私の言葉にカインはホッとしたように息をついた。

 二人で応接室を訪ねると、既に北方諸国の代表――エルダールの王太子は先に到着していた。


「お久しぶりです。

 アルヴェイン公爵夫人」


 そう言って、わざとらしく頭を下げるのはハルだ。


「今日はお世話になります。

 ハルシオン王太子殿下」


 私が動じずに返事をしたのが気に食わないように、ハルは少しつまらなさそうな顔をした。


「だんだんノアに似てきたな」


 突然出されたノアの名前にドキッとする。

 

「ど、どこが?」

「今までのエリシアなら公爵夫人なんて呼んだら、顔真っ赤にしてただろ!

 夫婦は似てくるって話だ」

 

「そんなことないよ!」


 ハルと会うのは結婚式の披露宴以来。

 ハルのことだ。私に気をつわせないよう以前と変わらずに接してくれているのであろう。


 その時、隣でクスッと笑う声がした。


「すみません。

 エリシア様がそんな風に誰かと話されるところを初めてお見かけしたので」


 カインは笑うのを堪えるように、隠すようにして口元に手を当てた。


「彼は私の悪友ですので」

「悪友って言うな」


 北方諸国との外交の引き継ぎは相手がハルということもあり、難なく進んだ。

 事務的なやり取りを終えた後、私たちは親交を兼ねてランチを一緒に取ることになった。


 皇宮の一室。

 大きな窓から初夏の陽が差し込み、白いクロスの上に並べられた食器が静かに光を反射している。


 給仕が前菜を並べると、自然と会話も和らいだ。


「エルダールでは新しい資源が見つかったとお聞きしました。

 今後が楽しみですね」


「まだ具体的なことは決まっていないが、帝国とも取引出来ればと思っている」


「ありがたいお話です!」


「ドゥーカス子爵の領地はどのような所なんだ?」

 

「商業地がメインで、街道の分岐点に位置しているため、人と物の流れが自然と集まる場所です」


「最近、上手くいっているとか?」


 ハルの問いかけにカインは少し嬉しそうにした。


「最近、祖父が関所での課税を一律ではなく品目ごとに調整して負担を軽くしたことで商人の往来が増え、結果として税収も上がりました」


「それは若いのに凄腕だ」


「領地の運営は父と祖父に任せているので……」


 元大公爵であるアルファルド・ドゥーカスは手腕は確かで、領地はどんどん栄えている。


 カインの功績があれば、いずれ伯爵家に昇格する日が来るかもしれない。


「さすが帝国の中枢を担っていた人だ。

 そういえば、エリシアは公爵領に移るのか?」


 ハルがグラスを傾けながら気軽に問う。


「ううん。ノアと一緒に皇都をメインに活動するつもり。

 領地はノアのお母様が代理をしてくださるの」


「そうか。なら安心だな」


「うん。だけど、そのためには私が早く公爵夫人の仕事をこなせるようにならないといけないんだけどね……」


「帝国で皇太子候補だったんだ。

 それくらい朝飯前だろ」


 その言葉に、私は思わず首を横に振った。


「皇族と貴族ではやっぱり少し違うし。

 アルヴェイン公爵家は特殊な家系だから覚えることもいっぱいなのよ……」


「へぇ」


 ハルが口元を緩めた。


「だけど、それは“うまくやってる”って顔だな」


「頑張ってはいるよ。

 ……ハルはどうなの?」


 今度は私が問いかけると、彼は少しだけ肩をすくめた。


「俺か?まぁ、変わらず忙しいよ。

 あとは……」


 一瞬だけ、言葉を選ぶように間を置く。


「婚約の話が出てる」


「え……?」


 思わず目を瞬かせると、ハルはわざとらしく苦笑した。


「政略だけどな。北方諸国の王女。

 まだ決定じゃないけど、ほぼ固まりそうだ」


 その声音は軽いのに、どこか落ち着いている。


「……そうなの」


 彼が前に進んでいると思うと嬉しさと同時に、政略結婚と聞くと少し複雑な気持ちになる。

 

 ハルはそんな私を見て、ふっと目を細める。


「安心しろ。

 いい人だし、ちゃんと前に進んでる」


「……うん」


「お前が思ってるより、ずっとな」


 その言葉に、胸が温かくなる。


(良かった……)


 それぞれが、自分の道を歩き始めているのだと実感する。


 その時――

 給仕が次の料理を運んできた。


 香ばしい香りがふわりと広がる。


 肉料理だった。


「――っ……」


 次の瞬間、強い違和感が込み上げる。

 鼻をつく匂いに、急に胸がむかついた。


「エリシア様?」


 カインの声が遠くなる。


 いくら親しいとはいえ客人の前だ。

 行動に出してはいけないと自制したが、込み上げる吐き気に思わず口元を押さえた。


「ご、ごめんなさい……少し……」


 席を立とうとした瞬間、椅子が小さく音を立てる。


「大丈夫か?」


 ハルがすぐに立ち上がって私に駆け寄る。

 カインも慌てて動こうとする。


「ドゥーカス子爵は彼女の侍女とアルヴェイン公爵を呼んできてくれるか?」


 短く言い切る声音に、迷いはなかった。


 カインはすぐに頷き、侍女を呼びに向かう。

 ハルは私に触れないように気を使いながら、水を持ってきてくれた。


「……無理するなよ」


 あえて近づきすぎない、その距離が優しい。


「ありがとう……」


 ほどなくして、ルーナが駆け込んできた。


「エリシア様!」


 ルーナはすぐに私の背を支え、様子を確かめる。


「顔色が悪いですね……少し失礼いたします」


 脈を取り、静かに目を細める。


「最近、体調で変わったことはありませんか?」


「少し疲れやすいというか眠気が酷くて……。

 後はちょっと熱ぽいかもしれない」


「……もしかして」


 ルーナは小さく私にしか聞こえないように耳元で囁いた。


「おめでたではありませんか?」


「え……?」


 頭が真っ白になる。

 言葉の意味が、ゆっくりと胸に落ちてきて――


「……本当に?」


 思わず、お腹に手を当てた。

 何も変わらないはずなのに、

 そこに確かに“何か”があるような気がしてしまう。


(……もしかして)


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 ちゃんとしたことは医師に見てもらわないと分からないけど、確かに月のものが遅れてかなり立経つ。


 疲れた時などに遅れることはよくあるから気にとめていなかった。


 その時、扉が勢いよく開いた。


「エリー!」


 ノアだった。

 カインが呼んできてくれたのだろう。

 息を乱し、明らかに急いできた様子だ。


「大丈夫?どこが辛い?」


 迷いなく駆け寄り私の手を取ると、とても心配そうな眼差しで私を見つめる。


「ノア……」


 名前を呼ぶと、彼の表情が柔らかくなる。


「ここにいるから大丈夫」


 その一言で、不思議なくらい安心できた。

 私はそっと、お腹に触れたまま微笑む。


「……大丈夫。ちょっと気分が悪くなっただけ」


 まだ確かじゃないから、ノアにも言えないけど。

 もしそうなら、きっとノアは喜んでくれる。

 それを想像すると、胸いっぱいに温かい気持ちが広がった。


(……本当に、ノアと私の赤ちゃんが来てくれているなら……。

 嬉しい)

 

 ムカつきはまだ残っていたけど、それ以上に込み上げる幸せに私は胸をふくらませた。

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