後日談-エピローグ
季節は巡り、よく晴れた秋の日。
八年前のあの日と同じ、澄み渡る空気が頬に心地よく触れる。
皇宮の奥庭は、変わらず静かで。
けれど、前回訪れた時とは違って、風の音がどこか柔らかく感じられる。
白い回廊を、ゆっくりと歩く。
隣にはノアがいて――
その腕の中には、小さな命がいる。
「風、冷たくないかな?」
ノアが気遣うように声を落とす。
「大丈夫よ。今日は温かいもの」
そう答えながら、私はそっとノアの腕の中を覗き込む。
白い布に包まれた、小さな寝顔。
柔らかな頬に小さく握られた指。
(……私たちの宝物)
ノアは赤子に風があたらないようにそっと包みを整える。
その仕草があまりにも慎重で、思わず微笑んでしまう。
「少し緊張してる?」
「……うん」
正直な答えに、くすっと笑みがこぼれる。
「今日は、少し意味が違うから」
やがて、見覚えのある扉の前に辿り着いた。
あの日と同じ場所。
けれど、もう怖くない。
自然とそう思えた。
静かに鍵を取り出し、扉を開く。
整然と並ぶ墓碑は変わらないのに、見える景色だけが、柔らかくなっている。
まるで私たち三人を優しく出迎えてくれているように光が差し込んでいた。
私はゆっくりと歩み寄り、墓碑の前で足を止めた。
そして、そっと膝をつく。
「……父上、母上。
ご無沙汰してしまって、ごめんなさい」
父と母の墓標を前にしても、胸を締めつける痛みはもうない。
代わりにあるのは静かな温もりだった。
私は振り返り、ノアに視線を向ける。
ノアは頷くと、腕の中の赤子を私に預けた。
その温もりを、今度は自分の腕で抱きしめる。
「……紹介するね」
小さく息を吸う。
「この子はアイシャ、ノアと私の子です」
その一言で、胸がいっぱいになる。
「父上と母上があの日、守ってくれたからこの子と会うことができました」
本当は父や母にも会って欲しかった。
きっと喜んでくれたはず。
もし二人がいたら、どっちが先に抱っこするかで争ってる姿が思い浮かぶ。
でも、きっと父が折れるのだろう。
――二人に会いたい。
叶わない願いなのは分かっている。
きっと、二人は一緒に天国から見てくれているはず。
父はノアに焼きもちを妬いているかもしれない。
母はノアのことをとても気に入っていたから喜んでくれたはず……。
「私……ちゃんと、生きてるよ」
あの日言えなかった言葉を今なら、迷いなく言える。
「大切な人ができて、守りたいものがあって……
毎日、とても幸せです」
ノアが以前のように少し離れた場所じゃなくて、私のすぐ隣に膝を着く。
そして、そっと、私の肩に手を添える。
「……ありがとうございます」
ノアが静かに口を開いた。
「出会わせてくださって」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
「これからは彼女と二人でアイシャを必ず幸せにします」
私はそっと目を閉じた。
あの日は、“どうすればいいか分からなかった”。
でも今は、違う。
答えはもう、ここにある。
腕の中の温もりと、隣のぬくもり。
「……見ててね。
これからも、ちゃんと歩いていくから」
「あう」
まるで返事をするように、腕の中のアイシャが声を出した。
目線を向けると、ノアと同じ青い瞳がキラキラとこちらに向けられている。
「アイシャ、ママのお母さんとお父さんに会いに来たよ」
ノアがアイシャの頬を優しくつつくと、アイシャはニコッと愛らしい笑みを浮かべた。
――――――――――
扉を閉めて外へ出ると、穏やかな日差しと優しい空気が出迎えてくた。
秋の空は高く、澄み渡っている。
あの日と同じ景色なのに――
胸の中は、まるで違っていた。
悲しみも、後悔も、失いたくなかったものも、たくさんある。
それでも――
今ある温もりに出会うためなら、私はきっと同じ道を選ぶだろう。
何より、あの日、生きていて良いのか分からず、死んだ方がマシなので無いかと苦しんだ日々を――私は生きていてほんとうに良かった。
そして、その日々の中でたった一筋の光になってくれたこの人には感謝だけじゃ足りない。
私は、隣を歩くノアを見つめる。
大好きで、大切で、大事で、愛しくて仕方がない人。
これからずっと、彼と共に人生を歩んでいけるんだと思うと、胸がふわふわと温かくなる。
「ノア、ありがとう」
私の言葉に彼はいつもの柔らかい微笑みを浮かべる。
「私、今、とっても幸せ」
~完~
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ここまでお読み下さりありがとうございました。
新作も投稿予定ですのでまた見てもらえると嬉しいです。




