後日談-蜜の味
目を覚ますと、部屋に差し込む光はすでに真昼のそれだった。
朝の気配がまったくなくて、思わず息を呑む。
(……こんなに眠ってしまうなんて)
慌てて起きようとしたけれど、全身がじんわり重くて、腰の辺りの違和感に、昨夜の記憶が蘇って頬が熱くなる。
何度も名前を呼んでくれた声。
抱きしめられた腕の熱。
息が乱れて、泣きそうになった私を、何度も「可愛い」と言ってキスしてくれた。
結局朝方までノアは私を寝かしてくれなかった。
「おはようございます。エリー」
優しい声が耳元で囁いた。
振り向こうとしたけれど、恥ずかしくて顔を見れない。
「……お、おはよう……ございます」
ノアは後ろからそっと私を抱き寄せる。
彼に包まれると、身体だけじゃなくて心まで温かくなる。
私は何だか申し訳なくなって、ノアの方に顔を向けた。
「痛むところはありませんか?」
「……少し……」
か細い告白に、ノアの顔がほんの少し曇った。
「すみません。
無理をさせましたね」
謝りながらノアの指先が髪を梳くように触れる。
その手つきはまるで壊れ物を扱うようだった。
「ノアのせいじゃ……ないです」
彼の腕に縋りついた自分を思い出し、顔が熱くなる。
「今日は無理をしないで私に頼ってください。
動けるようになるまで、全部私がやりますから」
「ぜんぶ……?」
「はい。着替えも、髪も、食事も。
起き上がれないなら、抱えて運びますよ」
言われた瞬間――
「……っ」
思わず顔まで熱くなって、布団をぎゅっと掴んだ。
そんな私を見て、ノアは小さく笑う。
「本当に可愛い奥さんですね」
そう呟いて、私の額にそっとキスを落とした。
ノアはまず、ゆっくりと身体を起こすのを手伝ってくれた。
「辛くありませんか?」
「……はい……」
ゆっくりと私をベッドの端に座らせると、清める為のお湯を持って来て、布を濡らして頬を優しく拭ってくれる。
「拭き足りない所はありませんか?」
至れり尽くせりに、もう恥ずかしいのか、嬉しいのか、分からなくなる。
(私もノアにしてあげたい)
「もう少し拭きたいです」
「では新しいお湯と布を取ってきますね」
ノアが戻ってくると、私はその布を受け取った。
「……次は、ノアの番です」
「私は自分でできます」
「拭かせてくれないんですか?」
そう言ってノアを見上げると、彼は観念したように小さく息を吐いた。
彼の首筋を拭くと、服がはだけて、綺麗な鎖骨が露わになる。
昨夜、散々彼の引き締まった身体を見たはずなのに、胸がドキンと鳴って落ち着かない。
鎖骨から肩にかけて触れると、胸元の焼印が昼の明かりに照らされた。
私はそっと手を伸ばして、その傷に触れる。
気付けば、そっと口付けていた。
「エリー?」
ノアが少し困ったように、戸惑うような表情を浮かべた。
「私、もっとノアのことが知りたいです」
――もう彼を傷付けてしまわないように。
何かあったらそばで寄り添えるように。
ただ、この愛しい人を守りたくて、大切にしたくて……言葉にできない思いを託すように私はノアをめいっぱい抱きしめた。
ノアは私の髪を優しく撫でる。
「……エリー。
そんなことをされると、また抱きしめたくなります」
その声音が、昨夜の記憶とつながって、身体の奥がじんわりと熱を帯びていく。
(……私、おかしいかも。
またノアに触れて欲しいって思ってる……)
「ノア……」
名前を呼ぶと、彼はふっと優しく微笑んだ。
「本当に可愛い人ですね」
呟いたノアの腕が、そっと私の腰を抱き寄せると、そのままベッドへ押し倒した。
「ノ、ノア?」
「大丈夫。私が動きますから」
「え!待って!」
柔らかい布団に沈められ、覆いかぶさる影が落ちる。
ノアの指先が私の頬をなぞり、伏せた睫毛に、唇が触れる。
「……そんな顔されたら、抱きしめずにいられません」
「どんな顔ですか……」
「触れて欲しそうな顔です……」
唇が触れた。
優しいのに、深くて、すぐに呼吸が乱されていく。
ノアの手が、背にまわって支えてくれる。
「エリー。
ずっと……あなたに触れたかった」
囁きが耳に触れた瞬間、
腰のあたりがびくりと震えた。
「……ノアっ」
もう一度、深く唇を塞がれる。
身体が熱くなって、呼吸が溶けて、
昨夜よりゆっくりと、けれど濃密に、
ノアの腕が私を包み込む。
そしてふたりの世界だけが、再び満たされていった。
こうして――
初夜の翌日も、私はノアに甘やかされて過ごした。
窓の向こうには、いつの間にか夕陽が落ちている。
昼をとうに過ぎて、夕方に差しかかっているのに、まるで時間の流れから切り離されたみたいに、私たちの世界だけが静かに満ちていた。
(……ノアとこんな風に過ごせる日が来るなんて、本当に夢みたい)
胸の奥がじんわりあたたかくなる。
ノアの腕の中にいるだけで、何もかも全部溶けていくようだった。
「エリー、そろそろ夕食にしましょうか。
……立てますか?」
「……はい」
名残惜しくて指先を彼の服に引き寄せると、ノアは困ったように、でも嬉しそうに微笑む。
「そんな顔しないでください」
その柔らかい笑みに胸がふわりと揺れた。
この人に愛されていることが、嘘みたいに幸せで、怖いほど心が満ちる。
――この時の私たちは、翌日、どこで聞きつけたのか。
フレディとレオンに部屋から出てこなかったことを散々揶揄われることになるとは、まだ知らなかった。
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後日談は全七話を予定しております。
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