『あなたを僕のものに』(前編)
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第7話は長くなったため【前編・後編】に分けてお届けいたします。
不貞の言いがかりをつけてくる反対派に対し、どう立ち向かうのか――。
まずは議会開会直前の緊迫した【前編】をお楽しみください!
緊急の議会招集を受け、私は父と共に馬車で王宮へと向かっていた。
膝の上でギュッと握りしめた手袋を見つめる。頭に浮かぶのは、共に過ごしていた時にルーサー様が見せた、あの情熱を秘めたアメジストの瞳だ。
私の心を甘く揺さぶる彼の存在に、胸の奥がキュッと熱く疼く。
(ルーサー様……。本当に、彼が次の王太子になられるのね……)
馬車が王宮の車寄せに付き、重厚な扉が開かれる。
重々しい会議堂の前にたどり着くと、そこにはすでにルーサー様の姿があった。
「ジェナ……」
私たちの姿を認め、ルーサー様がぱっと顔を綻ばせて立ち上がった。だが、ハッと口元を急に引き締め直す。
「――ヴァルハイト公爵」
父がルーサー様の呼びかけに、深く頭を垂れた。
その動作ひとつで、父がルーサー様を次期王太子として……そして、私の新たな婚約者として認めたことが、その場にいる全員に伝わった。
「ご機嫌よう、ジェネヴィーヴ嬢」
父の敬意を受け取り、ホッとしたご様子で、ルーサー様は私に向かってとびきり甘い笑みを浮かべた。
胃が、せり上がる。ぐぅっと息がつまって、胸の奥深くがきゅうんと鳴く。
(……なぜ、こんなに……苦しいのかしら……)
周囲に人がいるからと『ジェネヴィーヴ嬢』と正式名で呼ばれるものの、そのアメジストの瞳には溢れんばかりの熱が宿っているせいだ。
「そんなお顔をしないでください、すぐに終わらせましょう」
低く穏やかな、けれど絶対的な自信に満ちた声。
そっと私の手を押し戴き、指先に優しく唇を落とす。
大勢の目が集まる中で、父がそっと視線を逸らすと周囲もそれに倣う――皆、『黙認』を選ぶようだ。私の頬が熱くなる。
すると、ルーサー様は誰にも聞こえないほどの低い声で、そっと囁いた。
(――正式に、あなたを僕のものにします)
甘く、どこか狂おしい執着を含んだその吐息に、私の心臓が大きく跳ね上がった。
「今日の装いはロッティ殿が?」
不意に、ルーサー様が侍女の名を口にする。
「えっ……えぇ」
「公爵家は良い侍女殿を持たれているようだ。我が家も学ばせてもらわねば」
私の濃紺のドレスの手首、留める小さなボタンを弾くように触れる。そこには光の加減でほんのり紫色に煌めく小さなアメジストが嵌め込まれていた。
「とても良い――ボタンだ」
(……まぁ、ロッティったら……)
ロッティがイタズラっぽい笑い方で「よくお似合いになります」と繰り返して目尻を拭っていた理由を、ルーサー様が教えてくださるなんて。
ルーサー様が私から離れ、父に目配せする。その静かで、威厳ある仕草に一同が息を飲む。
「いたみいります」
父がルーサー様の執着を好ましく思っているのが伝わるやりとりに、頬の熱は引くことを知らず、燃えるように熱い。
その背後には静かに微笑む大神官様と……そして、どこか気まずそうに視線を泳がせている国王陛下の姿があった。
(……おかわいそうに、とは言えないわね)
才気あふれる次男のルーサー様を正しく先導できず、才能だけにかまけた長男の放蕩と不貞を抑え込めなかったのは、国王陛下ご自身の落度でもある。誰もはっきりと責めはしていないが、気がついていらっしゃるのだろう……公爵家と大神官を前にして肩を狭くされるのも自業自得と言えた。
――重々しい会議堂の重厚な大扉が、ゆっくりと音を立てて開かれていく。
途端に漏れ出してきたのは、熟練の政治家や貴族当主たちが醸し出す、むせ返るような羊皮紙と独特の男くさい政治の匂いだった。
(……本来なら、私のような未婚の令嬢が足を踏み入れて良い場所ではないのに)
国政を左右する王宮の貴族院・会議堂は、政治を担う男性貴族たちの領域だ。令嬢が当事者として議場の渦中に直接連れ出されるなど、前代未聞の異常事態と言っていい。
今回、私がこの場に引き出されたのは、他でもない――ユリシーズ殿下廃嫡に反対する筆頭貴族たちからの『要請』だった。
『事件の当事者であるヴァルハイト公爵令嬢も喚問し、その事実関係を問い正すべきだ』
建前はそう言いながら、要は私を大勢の目の前で吊し上げにし、不貞の不祥事を有耶無耶にしながら公爵家の権勢を削ぎ落とす目論見なのだろう。
(加勢はできなくとも、お父様の足を引っ張らないようにしなくては……)
扉をくぐった瞬間、議場を埋め尽くす数百もの視線が一斉に私へと注がれた。
好奇と警戒、そしてあからさまな悪意の混ざった物珍しそうな視線が突き刺さり、私の背筋に冷や汗が伝う。
息が詰まりそうになったその時、議場の一角から下品な嘲笑が上がった。
「――ヴァルハイト公爵令嬢、こんなむさ苦しいところでも、相変わらずお美しい。そういえば、このところ神殿へ『お見舞い』に通っておられると聞き及んでおりますぞ」
声を上げたのは、派手な衣装に身を包んだ子爵――そう、昨日ユリシーズ様に鼻の下を伸ばし、路地裏に連れ込もうとしていたあの放蕩息子の父親だった。
(ただの遊び仲間じゃ……なかったのね!)
「長きに渡るお付き合いでしたので。ヴァルハイト公爵家を代表し、殿下を見舞っておりました」
「それは素晴らしい。……そうそう。なんでも、ルーサー殿下の送迎付きだとか? 昨日我が息子が街中でお見かけしたそうで……婚約者の見舞いの後に、ずいぶんと仲睦まじいですなぁ」
親子揃って浅はかなニヤケ顔を浮かべ、私を煽るように見下ろしている。
(……よくもそんな不躾な口を……!)
私が怒りで身を硬くした、その瞬間――。
私の前に、すっと伸びやかな背中が立った。ルーサー様だ。
さらには隣に立つ父が、鋭く冷徹な一瞥をその子爵へと走らせる。
「……言いたいことがある者は、私に直接言え」
地鳴りのような父の威圧と、ルーサー様の凛とした庇護の佇まいに、議場全体が一瞬で凍りついた。
さきほどまで調子に乗っていた子爵は、カエルのように喉を鳴らして怯み、ガタガタと震え上がって口を噤む。
(……大丈夫。私は逃げない)
膝の震えを抑え、私は公爵家の娘として胸を張り、堂々と彼らの背中に続いて歩を進めた。
重々しい鐘の音が響き渡り、いよいよ前代未聞の緊急議会が開会された――。
いよいよ始まった前代未聞の緊急議会。
次回の【後編】では、調子に乗る敵対派閥を一網打尽にするスカッと展開をお届けします!
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