甘すぎる密室検証実験の始まり
お読みいただきありがとうございます。
ユリシーズの不貞処理も束の間、ルーサー様による本格的な「ロックオン」が始まります。
密室での甘すぎる検証実験の行方を、ぜひお楽しみください!
数日後、ユリシーズ殿下は急病で神殿にて療養中――まことしやかにそんな噂が流布された。
不貞の発覚は双方の家門にとって致命的なイメージダウンとなるため、『浮気』もその後に起きた『事件』にも徹底的な情報規制が敷かれた。存在ごと伏せられたピンクのモフモフ……侍女マリアンヌについても、噂ひとつ立っていない。
(普通なら話したくなるわよねぇ……ユリシーズ殿下のアレが取れたんだぜ!? とか……)
近衛騎士たちの忠誠というのは恐ろしい。意志の強い彼らを裏切らないよう、高位貴族として誠実に接していこうと心に誓った。
「……ルーサー様。私に付き添う必要はおありなのですか? 世間に『義姉』と距離が近すぎると噂が立ってしまったら……」
神殿の回廊。毎日のように馬車で迎えに来ては送り届けてくれる彼を見上げると、その胸元には神殿古文書研究室の筆頭研究者である証――ペン型のブローチが光っていた。
「素晴らしいことではありませんか」
ルーサー様は優雅に微笑んだ。
けれど、その微笑みは近寄る者を容易には寄せ付けないような威厳を帯びている。
彼の怜悧な美貌に息をのみ、私は動揺を押し隠すように憎まれ口を叩いた。
「たまには本当のお見舞いとして、ユリシーズ様にお顔を見せて差し上げてくださいませ」
「……何のために?」
ケロリと返してくるなめらかな声が耳元をかすめ、またしても背筋に甘い震えが走る。
確かにルーサー様にその必要は見出せない。尻拭いをさせられている分、気遣うべきはユリシーズ様の方だ。
手袋越しにそっと重ねられた彼の指先。エスコートを装ったその手から伝わる熱に、動悸が激しくなる。
(私は……どうしたというの……?)
ルーサー様は当然のように研究室へと足を進め、私は手を引かれるがまま、彼についていくしかなかった。
◇
「魔力測定をされたことはありますか?」
「いいえ。我が家は黒目黒髪の家系ですので、誰もそんなこと、考えもしなかったのではないでしょうか……」
私がそう答えると、ルーサー様は紫の瞳を静かに細めた。
「昔からの定説というのは、検証されないまま定着してしまうことがありますからね。もしかしたら――その固定概念自体が……おや、この話は以前もしましたね」
「我が国は長きにわたって多大なる損失を出していたかもしれない、と」
私の言葉に、彼は銀髪を揺らして小さく頷いた。
「僕は兄上のような金髪ではなく、銀髪です。以前測定した際も、実際に兄上より数値が低かった。『やはり金髪のほうが力が強い』……世間ではずっとそう言われてきました」
どこか自嘲めいたその声音には、秘められた『諦め』の影が見えた。
「かつては弟のほうが魔力値が高く、継承権が逆転した例もあったそうです。だから僕はなんとかならないものかと勉強と鍛錬を重ね、少しずつ魔力値を伸ばしてきました。……けれど、数値の上では兄上には敵わなかった」
「そんなに……王位を、継ぎたかったのですか?」
尋ねると、ルーサー様がきょとんと目を見開いた。
そして次の瞬間、くすりと楽しそうに吹き出す。
「……王位を継ぎたいのではなく、『継承権第一位』の座が欲しかったのですよ」
「え?」
首を傾げる私に、彼はどこか意味深で甘い笑みを向けた。
「さて。検証実験といきましょうか。水晶に手をかざし、大きく深呼吸をしてください」
私はドキドキと胸を高鳴らせながら、指示された通り水晶へ手をかざした。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
じわじわと、水晶が淡い光を帯び始めた。
(もし……もし、私に高い魔力があるのなら――)
いろいろな道が開ける。この年齢であっても学び直し、魔術師として生計を立てることもやぶさかではない。将来の夫が不貞を働こうと、実家の権勢に翳りが見えようとも、私自身の力で生きていくことができるようになるのだ。
(お願い――!)
祈るような私の視線の先で、魔力測定器の水晶は拍子抜けするほど静かな数値を指して止まっていた。
「……おかしいですね」
私は至高とされる金髪ではなく黒髪だ。やはり私の魔力は至って普通らしい。
(……期待してしまったわ)
黒髪ゆえに能力を期待されたことなど一度もなかった私が、もし特別な魔力を持っていたら。……そんな少女のような淡い期待を隠し、私は努めて冷静に口を開く。
「あぁ、やっぱり……ルーサー様。私の魔力など……」
「いいえ。あの時――なにがありましたか? 思い出してください」
アメジストの瞳が、容赦なく私に降り注ぐ。
「あの時……? 何って――」
ルーサー様は古い羊皮紙から視線を上げると、静かに私へ歩み寄ってきた。
「不愉快でしょうが、思い出してください。兄上の浮気現場に踏み込んだ時です」
「な……ッ、急に何を仰るのですか」
生々しい不貞の光景を思い出させようとする彼に、私は思わず身を引いた。
けれどルーサー様はそれを許さず、すっと距離を詰める。逃げ場を塞ぐように、私の頬へそっと手を添えてきた。
「あの時、あなたは何を感じていましたか? 裏切りへの怒りか、生理的な嫌悪か……あるいは男女の交わりを目撃してしまったことによる、強い動悸と感情の昂ぶりか」
「ルーサー様……っ」
男の熱を帯びた指先が肌を撫で、首すじへと滑り落ちる。露骨に男として迫ってくる彼に、胸の奥がキュッと締め付けられた。
(いつの間に……こんなに、大人になって……)
私が七歳でユリシーズ様と婚約した時、ルーサー様はまだ四つか五つ。私が二十二歳になるのだから、彼が大人になるのは当たり前なのだ。
太陽のように華やかなユリシーズ様と対照的な、ルーサー様。
銀の髪、白皙の肌、そして吸い込まれそうなアメジストの瞳。
(どうして、そんな目で私を見るの……ッ!)
頭が真っ白になるほどの動悸と昂揚が押し寄せた――その瞬間。
――バチバチッ!!
「……あ」
部屋中の測定水晶が一斉に眩い光を放ち、キャパシティを超えてひび割れた。激しい魔力の風が吹き荒れ、私の黒髪が大きく乱れる。
散らばる光の粒の中で、ルーサー様はアメジストの瞳をこれ以上ないほど妖しく輝かせ、満足げに微笑んだ。
「なるほど……。単なる魔力量の問題ではなく、あなたの『興奮』が魔法のトリガーというわけですか」
「……ッ!? な、何を仰って……!」
「嘘はおつきになりませんように。兄上の時も、そして――今も。僕に触れられ、『男』として意識させられたことで、あなたの魔力が跳ね上がった」
「『男』って……そんな、私は……あなたの義姉に……」
顔が熱い。言葉はもう、続けられなかった。
「『義姉』? ――いいえ。廃嫡されるのが決定事項の兄上に代わり、王位継承権を得るのは僕です。次の議会で、あなたと兄の婚約も消滅します」
ルーサー様は指先で私の唇を優しくなぞりながら、逃げ場を奪うように低く囁く。
「あなたは、ようやく僕のものになる。そうでしょう?」
「え……?」
「まだ、ピンときませんか? まぁ、その話はあとにして――発動条件は実に扱いやすいトリガーだ。……僕の手で、もっと深く検証させていただきましょう」
「な、何を――んっ!?」
反論しようと開いた唇は、容赦なく塞がれた。
「ッ………!」
サラリとした銀の髪が頬をくすぐる。
柔らかく重なる感触と、深く侵入してくる熱。
こんな濃厚な口づけを交わしたことなど、一度もない。頭の芯が痺れ、思考が真っ白に弾け飛んだ。
――バチバチバチッ!!
激しさを増した魔力が暴風となって部屋中を吹き荒れ、古文書が乱舞した。
圧倒的な魔力の奔流と、胸を突き破りそうなほどの強烈な動悸。あまりの浮遊感に立っていられなくなり、私は弾かれたようにルーサー様の胸元へとすがりついた。
しがみつく私の背中に手が回され、ぐっと強い力で抱き寄せられる。ルーサー様の硬い胸板に胸が潰され、生々しいその感覚に熱が駆け巡る。
「口づけひとつで、これほどの魔力が奔出するとは。それも、僕から逃げるどころか、こうして自ら抱きついてくださるなんて」
耳元で響く低く満足げな声に、自分が何をしているのか気づいて顔が火照った。離れようとしても、彼の腕が固く私を固定して離さない。
「放、放してください……! こんな……ッ!」
「いいえ、放しませんよ。あなたは僕を狂わせる――逃がすはずがないでしょう?」
私のしがみつく手を優しく包み込みながら、ルーサー様は勝ち誇ったような、けれど甘い笑みを浮かべた。
(嘘……私、なんてはしたないこと……!)
身体が記憶してしまった甘い震えと、解ける気配のない腕の力。
こうして腹黒王子の甘く執拗な検証生活が、静かに幕を開けたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
密室での甘すぎる検証実験、そして「僕のものになる」宣言……!
腹黒王子の甘く執拗なロックオンから、ジェナが逃げ出せる日は来るのでしょうか。
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