腹黒王子にロックオン
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明かされる衝撃の建国秘話(?)と、不貞コンビへ下される容赦なき天罰!
そして、兄に代わり、腹黒王子ルーサーの本格的なアプローチが始まります。
シクシク泣く王子と、放心状態の伯爵令嬢を連れた近衛騎士たちの後から続く馬車に、私はルーサー様と一緒に乗り込んだ。もちろん、意識を取り戻したロッティも一緒だ。
向かいの席で未だに小さく震えているロッティの肩を抱き寄せながら、私は対面に腰掛ける男へ視線を向けた。
ルーサー様は優雅に脚を組み、窓の外を流れる街並みを眺めている。その横顔は溜息が出るほど完璧で、先ほどまで自分の実の兄を「継承権第一位から離れた」などと容赦なく切り捨てていた男とは到底思えない。
「……ルーサー殿下。神殿へ同行するのは理解できますが、なぜ私もこの馬車に乗る必要があったのでしょうか?」
私が尋ねると、ルーサー様はさらりと銀髪を揺らし、アメジストの瞳を私に向けた。
その唇が、どこか楽しげに美しく弧を描く。
「おや、疑問ですか? 義姉上」
「もうその呼び方はおやめくださいませ。私はユリシーズ様との婚約を破棄するつもりです」
ルーサー様は、すっと身を乗り出した。
「では――なんとお呼びしましょうか」
私は息を詰めた。
返答に窮したその瞬間、馬車が大きく揺れて神殿へと差し掛かる。
視界に飛び込んできたのは、この国では希少な、黒い御影石で出来た重厚な神殿だった。
(なぜ、白亜じゃないのかしらね……)
幼い頃から不思議で仕方なかったが、誰も答えてくれない疑問だった。
尋ねる度に大人たちが異質を見るかのように私を見るから、いつしか素直に疑問を口にするのをやめた。
それは私が『賢くなった』瞬間――ユリシーズの婚約者となった頃と重なる。
幼いルーサー様が、「お義姉様」と言って、私の指に縋り付くように手を繋いでいた頃だ。
(――なぜ、私は)
重厚な石造りの扉によって外と遮断された極秘審問室は、本来であれば国の重大事を静寂の中で論じる神聖な場所だ。ステンドグラスから差し込む荘厳な光と、かすかに漂う香炉の煙。
だが今、その場を支配しているのは、張り詰めた緊張感――ではなく、どこか居心地の悪い困惑と戦慄だった。
「――結論から申し上げます。ユリシーズ殿下の……ええと、ソレは……切り取られたのではなく、身体再構築に伴った……えぇ……言うなれば、『脱皮』でございます。結果として殿下は……可憐な少女のお姿に……」
「な、なにを言っているのだ、大神官……!?」
冷や汗をダラダラと流す大神官の報告に、豪華な椅子に腰掛ける国王陛下も、私の隣で腕を組む父・ヴァルハイト公爵も絶句していた。困り果てた大神官が、助けを求めるように壁画の女神を仰ぎ見る。
「古代黒魔法『聖魔反転・因果切断』。神殿の禁書によれば、かつて聖女アネットが建国の王ライナスに下したという天罰ですな」
深い信頼で結ばれた、永久の愛の象徴だと聞いて育った私は愕然とした。それは王にとっても同じだったようで、唾を飛ばしながら言った。
「そんな話、初耳だぞ! よもや、聖女が建国の王の……アレを引っこ抜いたなどと……!」
「ええ、公にはできない話なのです! 先週、殿下と令嬢が女神像の前で行った婚約の儀『貞節の誓約』が、殿下の不貞によって発動してしまったものと推測されます。あまりに古い秘法ゆえ、解呪の方法や元の姿に戻す術が存在するのかすら不明にございます」
「なんだと……!? アレを……元に戻せるかもわからんというのか!?」
絶望に青ざめる国王陛下。私を始め、全員がぽかんと大神官を見上げる。
(引っこ……抜いたのか。つまり、建国の王も聖女という妻がありながら、浮気したってことね……)
あの日、女神像の前で誓い、左手の薬指に嵌めた銀の指輪を見つめる。恋慕していたわけではないと思っていたけれど、長年『夫』となる人だと思い、寄り添っていた男の不貞現場に踏み込んだ時の痛みを思い出すと、胸の真ん中がキュッとした。
その時――隣の部屋から悲鳴が響き渡った。
「嫌ぁぁぁ! なんですの、この毛はぁぁッ!?」
「これマリアンヌ嬢、暴れないでくださいませ! 誰か縄を!」
「見ないでぁぁ! 恥ずかしい! カミソリちょうだいぃぃッ!」
大神官が羊皮紙をめくり、真面目くさった顔で補足する。
「……ちなみに、不貞を主導したマリアンヌ嬢にも『全身の体毛が剛毛化する呪い』が下っております」
隣室から聞こえる見栄っぱりで高慢な彼女の叫び。毛深くなった姿では、男を誘惑するどころか外へも出られまい。美しさをひけらかしていた彼女には酷なことだ。全身が御自慢のストロベリーブロンドの毛に覆われるとは、女神様の容赦のなさとユーモアを感じずにはいられない。思わずニヤリとしてしまった。
(危ない危ない……うっかり生来の底意地の悪さが出てしまうところだったわ……)
退屈そうに会話を聞いていたルーサー様が、妖しい笑みを浮かべて一歩前へと踏み出した。
「ふふ……不貞を働いた二人が、一方は可憐な少女に、もう一方は獣のように毛深くなるとは。実に愉快だ。……父上、神前での誓いを破った兄上の自業自得です。ねえ、義姉上もそうお思いでしょう?」
秀才ゆえにどこか冷めたところのある彼が見せる、数少ない親しげな呼びかけが今はどこか空々しい。
「だがなルーサー……不貞を働く者が今まで全くいなかったとは思えんのだが?」
首をかしげる王に対し、沈黙を保っていた私の父が重々しく一歩前へ踏み出し、冷徹な視線で王族を見据えた。
「……陛下。今回の件、元はと言えば不徳を働き、神聖なる誓約を汚したユリシーズ殿下が全ての元凶。我が娘ジェネヴィーヴには一切の咎もございませんな?」
「当然だ。悪いのは全面的に愚息である。ジェナ嬢を罰することなど断じてない」
そう言い切ると、王は頷いてルーサー様をまっすぐ見た。
「……ルーサー、この後は全てお前に任せるぞ」
「御意に」
国王陛下の即決に、父がピキリと眉をひそめた。
(何のこと――?)
瞬間、ルーサー様は優雅な所作で私の前へと歩み寄ってきた。父の牽制を悠然と受け流し、すっと私の右手を取ると、その手袋を指先から滑らかに脱がせた。
「な……ルーサー殿下!?」
父の制止を聞き流し、ルーサー様は私の露わになった指先へと深々と口づけを落とした。
そして、手を取った姿勢のまま顔を上げ、私の目をじっと見つめてくる。
「――ジェネヴィーヴ嬢」
(え……? いま、私を……名前で……?)
聞き慣れた「義姉上」ではなく、低く甘い響きで名前を呼ばれ、胸が跳ね上がった。
ルーサー様は壁画の女神像と私の指輪を交互に見つめ、ふぅっと吐息を漏らす。
「推測の域を出ませんが……おそらく、あなたの魔力値が大きいことが想定されます」
「魔力値……?」
私は黒髪だ。金の髪色が魔力値の至高とされ、私は測定すらしたことがない。
「そもそも、その固定概念自体が誤りだったとしたら? 我が国は長きにわたって多大なる損失を出していたかもしれない」
指先を掴まれたまま、逃げ場を塞ぐような強い視線が注がれる。
「女神の『貞節の誓約』にあなたの持つ魔力が反応して古代魔法が発動した、と仮定するのが一番理屈が通る。……古代魔法の解析と、あなたという存在の解明。僕の研究協力者になっていただきたい」
パチリと美しい紫の瞳が悪戯っぽく細められた。
「断ってくださいますな? 僕をこんなにもワクワクさせた女性は、あなたが初めてなのですから」
掴まれた指先から、妙に熱いものがじわじわと伝わってくる。
――ぞわり、と背筋を走ったのは、聞いたこともない甘い震えだった。
(な、なに……この体の異常反応は……!?)
ユリシーズ殿下と身を寄せ合いダンスしたり、別れ際のキスを頬にする時ですら、心拍数ひとつ変わらなかったというのに。
貴族の嗜みとして政治的な結婚しか頭になかった私には、この胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚の正体がまるで分からない。
(きっと、このお方の底知れない腹黒さに生命の危機を感じているのだわ……!)
泣き叫ぶ毛深マリアンヌと、女体化した元婚約者。そして――。
(腹黒王子にロックオン、された……?)
カオスすぎる状況の中、私の波乱に満ちた新生活が、静かに幕を開けようとしていた。
第3話までお読みいただき、本当にありがとうございました!
絶対に逃がす気のないルーサー様の攻防がここから始まります……!
明日からは【毎日 1回】更新してまいります。




