淑女のティータイムとナイショ話
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今回は、既婚者の先輩でもある親友・エレノアとの秘密の女子会回です。
ルーサー殿下の激重な愛の真意とは……?
議会から二日が過ぎた午後。神殿での『貞節の誓約』を翌日に控えた私は、サロンで幼馴染の友人――エレノアとティータイムを過ごしていた。
伯爵家から侯爵家に嫁ぎ、すでに一子を設けて社交界でも揺るぎない地位を築いている彼女は、私にとって最も信頼できる『人生の先輩』だ。
ちなみに彼女の夫である侯爵様は、私のお父様の派閥に属しており、仕事上でも直属の部下にあたる関係だった。
「――で? 一体裏で何がありましたの? ぜひ詳しく伺いたいですわ」
エレノアは優雅に紅茶のカップをソーサーへ置くと、いたずらっぽく微笑みながら尋ねてきた。
「ユリシーズ殿下が急病で静養だなんて、絶対に表向きの口実ですわよね? 最近はあの図々しいマリアンヌの姿もまったく見かけませんし……社交界でも様々な噂が飛び交っていて、私、気になって仕方がありませんでしたの」
「ふふ、エレノアったら相変わらず耳が早いのね」
「当たり前ですわ。我が家の旦那様は『公爵閣下が議場で相手方を完璧に叩きのめされた』としか教えてくださらないのですもの。もちろん、公爵閣下が国王陛下に次ぐ権力と影響力をお持ちで、国家の重責を担っていらっしゃるのは承知しておりますけれど――『これ以上は公爵家の極秘事項だ』と口を割ってくれませんのよ」
エレノアなら、信用していい。私は意を決して、ゆっくりと口を開いた。
「ユリシーズ様がマリアンヌと浮気をしていたの――私の選んだ新居のソファの上で」
「まぁ! あのクソ女ッ……あら、はしたなかったわね……」
思わず素の口調を滑らせたエレノアは、慌てて扇子で口元を覆うと、コホンと小さな咳払いをした。
「いいのよ。私もはしたなく……半裸のマリアンヌのあの髪を掴んで引き倒してやりましたから」
あのストロベリーゴールドの髪を掴んだ瞬間の達成感を思い出し、拳を握った。
「素晴らしいわね! いい気味だわ!」
エレノアは扇子をぱちんと威勢よく閉じると、心底胸がすくといった様子で身を乗り出した。上品な侯爵夫人の佇まいはどこへやら、その瞳には親友としての誇らしさと爽快感が満ちあふれている。
「よくぞおやりになりましたわ、ジェナ! 淑女としての嗜みも大切ですけれど、相手は自分の立場も弁えず人の領分を荒らす害虫ですもの。それくらい痛い目を見せて当然ですわ!」
興奮冷めやらぬ様子で肩を揺らしていたエレノアだったが、ふと疑問を抱いたように首を傾げた。
「ところで、その間、ユリシーズ殿下はどうしていらっしゃいましたの?」
「……いろいろあったのですけれど、その後のことより、その場に踏み込んだ私に向けて『もうすぐ終わるから』とおっしゃられて」
私は一番ショックだったあの一言を口に出した。
「はぁ!?」
エレノアの瞳に、収まりきらない怒りの炎がメラメラと燃え上がる。
「いや、せめて『これは違うんだ!』とか言い訳をすべきでしょう!」
私もそう思う。頷き返すと、少し落ち着いてきたのか、エレノアがプルプルと震える手で紅茶のカップを握り直し、エレノアは深く深く息を吐き出した。
「……失礼いたしましたわ。元からバカだとは思ってましたけれど、それはあまりにも……あまりにも不潔で愚かな……」
そんな彼女の激しい憤りに背中を押されるように、私は苦笑交じりに白状した。
「だから思わず、『もげてしまえ』などと暴言を吐いてしまいまして」
「よくやったわ!」
即座に放たれたエレノアの喝采に、思わず吹き出しそうになる。しかし彼女はハッと我に返ると、再び扇で口元を覆った。
「……こほん、失礼。でもそれは……淑女として、ええと……ルーサー殿下には絶対に聞かせられないお言葉でしたわね」
「あら、ルーサー様は『当然です』と肩を持ってくださいましたわ」
私の憤りを受け止め、時には盾に、時には剣になってくれている。
「まぁぁ♡ なんてステキなお話しなのかしら!」
エレノアは頬に手を当て、うっとりと目を輝かせた。
「そんなクソ……いえ、蛆虫どもの話は置いておいて! 騒ぎが終わった後に、あなたとルーサー殿下がどうなったのかを知りたいわ!」
あまりの熱量に押し切られ、私は頬に昇る熱を隠せず、手元のプチフールをつい弄った。
「どうなったと言われても……その、ルーサー様が私のことを『初恋の人だった』と仰って……」
「まあ! あの冷徹と名高い第二王子殿下が! それで!?」
「『自分と婚約するのが嫌ではないか』と聞かれたから、大切にしてくださる方の婚約者になれるのは嫌なはずがない、とお返ししたの。そうしたら……『欲と戦っていた』とおっしゃって……」
「欲、ですの?」
エレノアが怪訝そうに細眉をひそめた。私は先日教えられた言葉を、思い出すだけで胸が締め付けられるような心地で真面目になぞった。
「ええ。『全身で抱き締め、唇どころか指の先まで味わい尽くしてしまいたい』と耳元で囁かれて……それから、手首にキスをされたわ。動悸が収まらなくて頭が真っ白になってしまって……。やっぱり私、ルーサー様を『特別』だと意識しすぎているかしら」
言い終えた瞬間、エレノアは持っていたティーカップをカタリとソーサーに置き、両手で頭を抱えた。
「……ちょっと待ちなさい、ジェナ。あなた本気で言っていらっしゃいますの……!?」
「え……? ええ……」
「いい? 既婚者の先輩として、そして愛されて子供を産んだ女としてハッキリ申し上げますわね」
エレノアは真剣な眼差しで身を乗り出し、私の目をじっと見つめた。
「手首への口づけというのはね、『あなたを縛りたい、独独占したい』という強い欲望と執着の証なのですわ! おまけにそんな甘く生々しい言葉を囁いておいて、手首への口づけだけで踏みとどまられたのですって!?」
「っ……ええ……」
「殿下はね! 目の前の愛しいあなたを今すぐ押し倒して全部奪い去りたい衝動を、死ぬ気で……血を吐くような理性のタガで必死に抑え込まれたのですわ! あなたがあまりにも無防備だから、怖がらせないようにと耐えてくださったのよ! それを『意識しすぎ』だなんて……ジェナ、それ完全に恋ですわ!!」
「こ、恋……!?」
一網打尽に言いたてられ、私は目を見開いた。
「そうですわ! 相手の熱に引きずられて胸がキュッとしたり、触れられて体中が熱くなったり、愛おしくてたまらなくなるのを『恋』と言わずして何と言いますの!? ユリシーズ殿下の時に、そんなお気持ちになったことが一回でもありましたこと!?」
「そんなこと、一度も……っ」
「でしょう!? あなたは政治の道具でも義理でもなく、一人の男性としてルーサー殿下を愛していらっしゃるのよ。殿下だって、それだけの覚悟と重い愛であなたを慈しんでくださっているじゃありませんか!」
エレノアの言葉が、激しい衝撃となって胸に突き刺さる。
(……恋……。私が、ルーサー様を……?)
言われてみれば、そうだ。
ユリシーズ様と一緒にいた時、触れられて胸が跳ねることなんて一度もなかった。ただの冷めた義務だと思って割り切っていた。
だけどルーサー様の手の熱さ、アメジストの瞳に見つめられた時の息苦しさ、手首に落とされた唇の痺れ――そのすべてが愛おしくて、愛されたことが嬉しくてたまらなかったのだ。
(私……ルーサー様が好きだったんだ……っ)
胸の奥から湧き上がる温かな熱に、じわじわと涙が滲みそうになる。
あんなにも情熱的な想いを抱えながら、私を慈しみ、待ってくれているルーサー様。
彼がどれほどの想いで私を大切にしてくれていたのかを知り、胸が締め付けられるほど愛おしさが溢れ出していく。
「……気づくのが遅くて、呆れちゃうわね」
真っ赤になった頬を両手で包み込みながら、私はぽつりと呟いた。エレノアの瞳が、和らいだ。
「余計なことを、申し上げました」
「いいえ、気づけてよかったですわ。……明日、神殿でルーサー様にお会いしたら、私のこの気持ちをちゃんと伝えようと思うの」
「ええ、絶対そうしなさいな! 殿下、嬉しさのあまり飛び上がってしまうかもしれませんわね」
友人の温かい応援に背中を押され、私の胸は明日への期待と溢れる恋心でいっぱいになっていた。
――ルーサー様の正式な婚約者になりたい。彼の溢れる愛を、今度は私もしっかりと受け止めたい。
純粋な幸せと愛の誓いを胸に挑む、明日の『貞節の誓約』。
この幸せの絶頂の裏で未知の呪縛が、二人の絆を無慈悲に引き裂こうとしているとは、この時の私はまだ知る由もなかった――。
お読みいただきありがとうございました。
次回、いよいよ運命の『貞節の誓約』当日へ。
幸せの絶頂にいる二人を待ち受けるのは――。
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