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子供達が出かけて、ぼんやりとパソコンをいじりネットサーフィンをしていた。
知らず知らず検索欄に入れていた単語は、悩みや愚痴ばかり。
そんな中でふととあるサイトに目に留まった。
『このカフェで少し心を休めてみませんか?』
というキャッチフレーズの書いてある、『宿り木カフェ』というサイトだった。
出会い系かもしれない。
何かお金を色々とられるかもと思った。
だけれど、スタッフとの会話は1回30分500円、自己紹介分を含まず最大20回で1万円、それも1回ずつ前払いで良い。
支払い方法も幅広く、途中で止めても良い、個人情報も不要というので、興味本位で登録してみた。
はっきりいってこの何も無い時間に、人生に、少しでもスリルを味わってみたい、そんな気持ちがあったのかもしれない。
宿り木カフェのスタッフは20歳~80代までの男性と書いてあり驚いた。
客は女性のみ、スタッフは男性のみなんて変わったシステムだ。
やはり怪しい。
だけれど私はそんな考えを持ちながらも、登録を始めていた。
私はスタッフ希望欄に、
『若い人。母親が専業主婦だった人。日中に通話が出来る人』
と記入し、自分の状況を書く欄に、『高校生の息子、中学生の娘が反抗期、夫は単身赴任で家庭に興味なし。私の存在意義に疑問』と書いておいた。
書きながら、なんて情けないのだろうと思った。
登録を済ませて我に返る。
こんな弱った主婦なんて、何か悪い勧誘のターゲットにはならないだろうか。
心配しながらも、その反面私は久しぶりに味わう新しい何かに期待してしまっていた。
そしてそのネットサイトで自己紹介のをする初めての日になった。
子供の帰ってこない時間、買い物にも行く前に通話が終わるように、昼あたりに最初はお願いした。
こんな時間に対応する若い人なんて、もしかしたらフリーターか何かかも知れない。
当日のこんな直前になって話すことが怖くなったが、もうここまで来たらやるしかない。
私は子供が以前買って使っていなかったヘッドセットをつけた。
音が聞こえて着信を知らせる。
私は緊張しながら通話ボタンを押した。
『はじめまして』
そこから聞こえたのは、息子と同じくらいに聞こえるくらい若い男の子の声だった。
「はじめまして」
『僕はイチロウと言います。大学生です。』
はきはきとした言葉。
心配していたけれど、最初の印象だけで、きっとこの子は大学生でもかなりしっかりした子だと思った。
「あの・・・・・・私の事はケイ、と呼んで下さい」
私は名前を思いつかなくて、普通に名前から取ってしまった。
『ケイさんですね、わかりました。
今後はそうお呼びします。
あの、実は僕、宿り木カフェでスタッフをするのはこれが初めてなんです。
ですので色々失礼をしてしまうかもしれませんが、遠慮なく注意して頂ければと』
段々少し強ばったような声になり、緊張しているのが伝わってくる。
まるで何か私の方が面接官か、先輩のようだ。
「私もこういうのは初めてで。
だから私も変なことを言うかもしれないけど、気にしないでちょうだいね」
『はい、お気遣いありがとうございます。
データを頂き拝見しました。
お子さんが二人とも反抗期だとか』
「そうなの」
苦笑いで答える。
何故かするっと、初めての、それも大学生の男の子と会話している自分が不思議な気分だ。
「イチロウ君はなんだかそういうの無さそうね。
とても真面目そう」
そう言うと、あはは、と笑われた。
『まさか。
僕は小学生から酷くやんちゃしてまして、よく補導もされました』
「まぁ!」
『あまり昔はやんちゃしてたなんて、恥ずかしくて言いたくは無いんですが』
「でも今は大学まで行っているんでしょう?
何を勉強しているの?」
『医者になるための勉強です』
「医学部なの?あら凄い!
私、昔は看護師だったのよ!」
『えっ!?
それは僕の方が色々と現場の話を聞きたいくらいです!』
前のめりで話しているのがわかるくらい、彼の声が生き生きしているのがわかる。
その声に私は嬉しいと同時に、申し訳無くなった。
「ごめんなさい、看護師の経験はほんと若い頃の最初だけで、あとは家に入ってずっと遠のいているの」
『そうでしたか・・・・・・』
わかりやすいほどしょげた感じが伝わってきて、申し訳ないと思いつつもとても可愛い。
『あっと、そろそろ無料の自己紹介タイム終了なのですが』
たった短い時間だったのに、彼ともっと会話してみたいという気持ちが固まっていた。
こんなに話しやすいのだ、それも息子と年も近い。
これなら若い今の子の考え方でアドバイスをもらえるかもしれないと期待してしまう。
「イチロウ君でお願いしたい場合はどうすればいいの?」
『そのままサイトにある僕のスケジュールの所で、ケイさんが会う時間を押さえて頂ければ大丈夫です』
「私の希望としては昼に通話をしたいのだけど大丈夫かしら」
『僕も、夜はバイトや勉強があるので日中の方が良いんです。
ですからスケジュールもほとんどが昼間なので』
「わかりました、見てみるわ。
では今度からお願いしますね」
『はい、こちらこそどうぞお願い致します』
最初の通話を終え、私は息を吐いた。
何一つ悪いことをしている訳では無いのに、こっそり若い子と話してしまったことがとてもスリリングな事に思えて、私は久しぶりに楽しいことが出来たと思った。
「なんで鼻歌なんて歌ってるの」
「え?」
夕食を準備していたら、学校から帰ってきた娘に不審そうな顔で言われた。
まさか鼻歌なんてしているなんて。
こんな気持ちで夕食を作るのはいつぶりだろうか。
「ちょっとね」
私の簡単な答えに娘は一瞬面白く無さそうな顔をしたが、すぐにお菓子をもって部屋に戻ってしまった。
少しだけ見知らぬ彼と話しただけで、私には久しぶり外の世界と触れられた気にすらなっていた。




