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久しぶりに地元へ帰ったとき、それを知った専門学校時代の友人達が久しぶりに会おうと場を設けてくれた。
久しぶりに再会した友人達は、まだバリバリ第一線で仕事をしている子が多かった。
私は仲間内では結婚も出産も早かったため、すっかり看護師の世界からは離れていて、全く会話についていけなかった。
私は久しぶりに友人達と会えたのに、黙っていることが多いことに気付く。
だってあっという間に無くなってしまったのだ、私が話すことの出来る話題が。
話せたのはほとんど子供のこと、夫のこと。
自分自身に起きているのは面倒事だけで愚痴になってしまう。
友人達と会話をしたことで、私は私自身について話せる事が何も無いことに気付いて呆然とした。
「何言ってるの、主婦だって立派な職業だよ」
「そうよ、給与に換算すると凄いのよ」
「旦那さんが気兼ねなく仕事を出来るって素晴らしい事じゃ無い」
話す言葉もう何も無いのと言ってしまった私に友人達は驚いた顔をしたが、そう言って励ましてくれた。
そうよね、そうだよね、と言いつつ、ただ不安になった。
上の子が高校生になろうとするとき、また夫に転勤の話が出た。
もう転勤も無いだろうと戸建てを買った直後のこと。
ようやく自分の家が出来た、社宅で肩身の狭い思いをしないで済む、色々な喜びがあった。
なのに無情にもまた転勤の話だ。
どうも家を買ったり、結婚した者は早々転勤を断ることはないと、わざと転勤を振りやすいなんて話を小耳に挟んだ。
本当ならなんてふざけた話だろう。
ローンを抱えた家もある、子供達には入試がある。
今の場所なら子供達にとっても環境が良い、選べる学校の幅も広いというのが決め手の一つだったし何より子供達も自室が初めて持てることに喜んでいた。
流石に家族全員で転勤は無理では無いだろうか。
夫婦で話し合い、夫は渋々単身赴任することになった。
単身赴任したはいいものの、出費が大変だった。
夫の転勤先の住居費は会社負担でも、経済的にもかなりの負担になる。
何せもう一つ家が必要なのだから、家電に日用品、出費はかなりかかった。
時々夫はこちらに帰ってきたが、飛行機を使う必要があるため頻度は減った。
久しぶりの一人の生活は色々と大変だったのか夫は体調不良で倒れ、私は心臓が止まる思いで現地に向かったこともある。
あの時だけは、私が家を支えてくれていることを実感してくれたようだったが、元気になれば私へのいたわりの言葉などすぐに消えてしまった。
上の子は大学までエスカレートになる高校へ受験を決め、試験勉強でピリピリし、私は子供達をサポートしながら、食生活が乱れがちになる単身赴任中の夫にもこまめに連絡する。
五月蠅いと言われたけれど、今倒れられても子供達を置いていけないのだからと喧嘩になった。
なんとか上の子は無事合格。
ホッとしたのもつかの間、今度は酷い反抗期が揃って始まった。
それも兄弟揃って。
自分が親に反抗した記憶があまりないので、二人の態度と言動に私は途惑った。
下の子があまりに我が侭を言うので怒ったら、娘は顔を真っ赤にして「いつもお兄ちゃんばっかり!」と泣いて叫んだ。
そんなつもりはなかった。
確かに息子の試験があるから、それなりに娘には我慢をさせただろう。
娘は部屋で物を投げるほどに暴れた。
投げる物はクッションとかぬいぐるみ。
彼女なりに加減はしていたようだが、ここまで手がつけられないほどかんしゃくを起こすなんて。
私の中学生時代とはあまりに違う自分の娘に途惑った。
そして長男は、高校に入った途端、緊張の糸が切れたかのように、学校から買ってくると自室に籠もるようになった。
どうもオンラインゲームにはまってしまったようだった。
一睡もせずに休みの日などは翌日昼までやっているのを知った時は、言葉が出なかった。
どうすれば息子をゲームから引き離せるのか。
色々と調べ、無理にそういう機械を取り上げるのは逆効果なのだとテレビだったか新聞か何かで知った。
娘のかんしゃくも我慢、不満、甘えの表れだという。
どれを読んでも、親子の関係を深めて下さいなんてアドバイスが書いてある。
ということは、あんなに愛して育ててきた子供達からすれば私との関係は浅いというのだろうか。
何だか育児をしてきた自分に、落第点を押された気がした。
だが放置しておく訳にもいない。
何とか子供達としようと話し合おうとしたが、子供達は一切を拒否する。
それでも我慢強く声をかけ、なんとか夕食だけ一緒にとるようには出来るようになった。
それだけと思うだろうが、そこに行き着くまで紆余曲折あった訳で。
でも息子はずっとスマホをいじったまま、娘はテレビを見ているだけで食卓には会話が無かった。
栄養のあるものをと、飽きないようにと、この子達の好きな物をと、必至に朝も昼も夜もご飯を作っても、ありがとうも美味しかったとも何にも私に言わない。
私はたまりかねて夫に電話をした。
『それは君の仕事だろ。
俺はこっちで独りずっと必至に仕事して家族を養ってるんだ。
専業主婦なんてやってるんだからそれくらいこなせよ』
面倒そうな声。
そして電話は私の言葉も待たず忙しいの一言で、一方的に切れた。
私の中の何かが、ガラガラと崩れていく音がした。
私は一体なんなのだろう。
家政婦か何かなのだろうか。
この頃私は何をした?
去年は何をしていた?
必至に思い出そうとしても、思いだしても家族のことしかしていない。
私は一体なんなのだろう。
そういう疑問だけが降り積もって積み重なって、息が出来なくなった。




