20話 ユリウス・グロリア
スミレファンの皆様、今回、スミレは一切出てきません。
回を重ねる度、出番が減る主人公とは一体…
今回はちょっと長めです。
エリューミ大陸、風龍の森以東を支配する国、エイルフッツ連合王国。
連合王国を称するが、国王はイェルサレム・ヴリーテ・エイルフッツただ1人である。
建国100年の節目にフッツ家の血筋が途絶えてから、エイレイス家―――後改称し、エイルフッツ―――が唯一の国王となっており、そこから建国356年後の現在に至るまで、"連合"の意味は無い。
その国の北西、風龍の森に隣する地―――マシアを治める大公爵、ユリウス・グロリア。
魔獣を何匹も屠り、その報酬として庶民から成り上がった彼は、他の貴族からは卑下されている。
しかし、領民が払うべき高い税金の殆どを、今までに貯めた報酬金からほぼ払うなど、庶民を思った政策を摂るため、この国においては珍しい、領民から信頼されている領主の1人なのである。
先程執り行われた、西方国侵攻会議においても、
「民は戦争を望んでない。」
と反対の立場をとる。
しかし、健闘むなしく、王の勅令により侵攻が決定してしまう。
その後、彼はいつも通り、晩餐会には参加せず、馬車へと乗り込んだ。
「出してください。」「はっ!」
馭者は鞭打ち、馬を走らす。執事が渡す少量の夜食すらも喉を通らぬほど、彼は1人頭を抱える。
「どうされたのですか、旦那様。それほど重大な会議だったのですか?」
心配する執事の問いには答えず、ただ一言命ずる。
「我が友メロサス、敬称はいらない。どうか相談に乗ってくれないか。」
窶れた枯れ気味のその声に執事―――メロサスは優しく応える。
「分かったよ、親友。さぁ話してごらんよ。」
「あぁ。」
仕事人から友想いの若人へと豹変した幼馴染に微笑みつつ、ユリウスは微塵の嘘もなく、全てを友へと伝える。
勿論、馭者は口外することはない。
理由は簡単。彼女も幼馴染だからだ。
そんないつものメンバーで話される内容は、20年も経った今では汚い大人の政についてだ。
全てを聞いたメロサスは、幼少期に下位悪魔族に引っ掻かれた左頬をさする。
これは彼の思考する時の癖だ。
(変わらないな)
そう思いつつ、ユリウスは冷めた紅茶を乾いた喉へと流し込む。
(…後味が気に入らない。)
これも大公になって5年の歳月を経ても変わらない。
だが、嗜めなければこの貴族社会の荒波では生きていけない。
表情を殺しカップを傾ける。
音が鳴らぬよう置いた時、メロサスは話し始める。
「良い知らせと悪い知らせを伝えられた気分だ。」
「はは、まさしくそれだ。奴―――テンペストが滅んだのは大きい。」
「あぁ。これで故意的な暴風災害が二度と起こらなくなったし、美味いジュースが呑める。…だが。」
「そうだ。攻戦派への抑止力は消えたも同然だ。あの強欲な老人共は聖皇帝の乳にしか目がいっていない。」
「はーっ、勝つ前提かぁ、足元が見えない優れた老眼が非常に羨ましい。収穫期の多忙さや、納税の苦しさすら理解できない変態共め…」
「ジョン殿も可哀想に…眼で見たというのに休む間もなく行かされるとは…」
「裏で沢山、肥料をまわしてくれたお兄さんか…行かされたって森にか?」
「あぁ、あの森だ。」
「うっわぁー、そりゃないよ。彼が嘘をつくわけあるまいに。魔眼で見たと言っているのに…まさか。」
「反乱分子を消すいい機会なのかもな。使うだけ使って最期は戦争の口実に使うらしい。」
「…そ、そりゃないでしょ。情報局設立しただけでなくさ、"ガッコウ"とかいう庶民の学習施設も手がけてくれたんだぞ…こんなの反乱の火種になるよ…」
「その通りだ。攻める理由は敵討ちだと政府が言えども、民がはいそうですかと信じる訳あるまい。士気も上がらず、逆侵攻される。」
「こいつぁ…困ったなぁ…」
2人して無言になり、頭を抱える。
そんな中、口を開くのは馭者の女だ。
口から出るは叫びのような声。
「わぁぁっっっ!畑が燃えてます!!!」
「「なんだと!!!!」」
2人は小さな窓へと飛びつく。
そこから見えるのは、地獄の沙汰だった。
「速度を上げろ!」
「はっ!」
ぱちりと乾いた音が響き、馬は呼応し速くなる。
ユリウスは扉を開けた。
ここまでも熱い空気が漂っている。
「危険です!旦那様!」
瞬時に執事へ戻ったメロサスの制止を振り切り、術式を編み始める。
すると、炎の上に薄く、それでいて広く、魔法陣が覆っていく。
全てを包んだ後、ユリウスは叫んだ。
「静まれっ!消音雨!!」
その声のエコーだけを残し、術式影響下周辺にある全ての音が消え失せた。
文字通り、音もなく炎は消えていく。
されど、狂った感覚に戸惑いつつも、馬は足を止めなかった。
何分たったであろうか、馬車が止まる頃には、火は完全に消え失せていた。
それを確認すると、ユリウスは手を下ろし、馬車から降りる。
音が戻った世界に最初に響いたのは、着地する靴音だった。
その後、押し寄せる多数の足音が響き、通常の世界へと戻った。
「お帰りなさいませ、ユリウス様!」
「火を鎮めて下さり、ありがとうございます!!」
口々に感謝を述べ、頭を垂れてくるが、彼ら―――領民の目の下は赤く腫れていた。
また、人の集まりが出来ているのが奥に見える。
「礼はいい、通してくれないだろうか。」
そう優しく言うと、何故か躊躇しつつ、道を開ける。
その焦げた匂いが少し残る農道を歩き、集まりの元に向かうと、そこにあったのは―――
「なっ……っ…」
6名の領民の遺体と、大きなクレーターだった。
呆然とするユリウスを押し退け、メロサスは、その2人へと縋り付く。
「セレナァァァァァァァっっアロエェェェェェェっっああああああああぁぁぁっっっっっっ」
その涙につられ、周囲の人間も涙を流す。
そんな中、ユリウスはガクリと膝をついてしまう。
「トーマス・シャキ、
クルト・ペルー、
シャルル・ブラック、
レジーナ・モンストロ、
セレナ・ランス、
アロエ・ランス」
領民全員の名を覚えている彼は、酷く火傷を負い、二度と目を覚まさない見慣れた顔を眺め、呆然と名を呟く。
あぁ、聞こえないはずの声が、頭に流れてくる。
『これ綺麗な石でしょ!へへへ、ユリウス兄ちゃんにあげる!!』
『ここ…よ、読めるけど…読んで欲しいの…』
『おいら、将来ユリウスさまみたいな、強いおとこになるんだ!』
『ユリウスさまぁ、うたをきいてほしいのです!』
『あら、ユリウス様、メロサスはちゃんと働いてます?あと、ちょくちょく帰るように言ってくださいな。』
『あたしね、えへへ、パパと同じくらい、ユリにぃがしゅき!!』
「あ…ぁぁ……はぁ…あああ……」
悲しさ苦しさで心がぐちゃぐちゃになる。
「あぁ…みんなぁ……みんなぁっっ……ぅうっ…」
顔を手で覆い、漏れる嗚咽を殺そうとするが、抑えることが出来ない。
その姿を見て、領民は枯れたはずの涙腺から更なる涙を零してしまう。
マシアの麦畑は、悲しみに包まれた。
しばらく泣き喚き、悲しみの雨雲は過ぎ去った。
その代わり、心の奥底から湧き上がる憎しみの炎が湧き出て、思考回路を圧迫させる。
静寂に包まれる荒野に最初に響いたのは、領主の冷たい問いであった。
「何が原因だ。」
「魔弾が…巨大な魔弾が…飛んでぇっ…っ…はわわっ…」
そこまで言い、老婆は震え出す。
平穏な日々に突如襲ってきたのだ。
こうなるのも当たり前だ。
魔弾が飛来した
その情報はユリウスを驚愕させる。
「それは、何処から。」
「ふ、風龍の森でございます…」
「そう…か…」
ユリウスは、領民は、風龍テンペストが魔弾を作らないことを知っていた。
「これは本当に、風龍の祟りでしょうか?」
1人の若者は領民を代表するかの如く、領主へと問う。
「御前会議において、ジョン殿より風龍の死が伝えられた。」
「「「「「なっっ」」」」」
周囲は騒然となる。
風龍の祟りだ!呪いだ!
そう言う例外は居たが、領民たちは徐々に怒りの色に染まっていく。
慎重な者はユリウスへ問う。
「攻戦派の工作…では?」
「奴らは邪龍の死を祝して、大宴会だ。部下を含め一同な。それ以前に、彼らにそうする度胸はない。故に、これは。」
他国の仕業。
領主はその言葉を言わなかった。
ただ歯を食いしばり、目を剥き、拳を震わせる。
それだけで領民は、理解する。
優しき領主に同調し、怒りの色に染っていく。
ユリウスは独裁者では無い。
感情に流され、本能に流され判断するほど愚かではない。
無理矢理心を抑え、目を閉じ静かに一言だけ発す。
「皆はどうしたい。」
領民は口々に、
「許せない…」
「敵討ちをしたい…」
等の攻戦的な言葉を放つ。
ユリウスは理解していた。
己の判断が祖国の運命を決めると。
我が領民の死が攻戦派の口実に使われてしまうことを。
そして何より、領民一同、激怒していることを。
彼はカッと目を開き、覚悟を決める。
「亡き同胞の為に戦う気はあるかぁ!!」
「「「「応っっっっっ!!!!」」」」
「されば剣を抜け!技を磨け!愚か者共に天誅をくだしてやろうぞ!!」
「「「「応っっっっっ!!!!」」」」
やる気溢れる揃った声が焼け野原に響いた。
次の日から、領主配下たちによる指南の日々が始まった。
その間、ユリウスは翌日開かれる第二次侵攻会議における準備を進めていた。
隈の目立つ彼に、1杯の茶、それも古来からこの地で飲まれている伝統茶、抹茶が置かれる。
「お休みになられたらどうです、旦那様?」
声の主も人のことを言えない。
ユリウスは枯れた喉を好物で潤し、笑って答える。
「それはこっちのセリフだ、我が友よ。」
執事―――メロサスは没者6名の墓地を一睡もせず一晩で作りあげ、その体で今、親友のそばに控えているのだ。
友と呼ばれ、口調を崩したメロサスはこう答える。
「はは、寝ようとしたさ。何度もね。だが…眠れないんだよ…辛くてね。」
「…そうか。俺もだよメロサス。辛いし、許せない。」
「慎重派元筆頭とは思えない発言だ。」
「はは、そうだろう?過去の俺が今のを見たら果たして気を保っていられるだろうか。」
「勿論、無理に決まってるさ。」
「…なぁ、メロサス。」
「どうした、ユリウス。」
「民のため、民のため。いままで自分を抑え、この故郷を治めてきた。今回の"民のため"は己の本心を隠した言い訳になるのだろうか。」
「はははっ、何を言ってるんだユリウス。いつもと変わらないじゃないか。そう、変わらない。この際言うが、抑えられてると思ったら大間違いだよ。お前は素直だ。僕ら領民に対してはね。だから、細かいことは気にしないで、そのままでいてくれ。」
「ふ……そうか…迷っているのが馬鹿らしくなった。…で、訓練の様子はどうだ?」
「あぁ、いい仕上がりだ。士気も上々。…だが」
「ジョン殿の局所有兵には劣るか…。」
「王国最強と言われてたからね。叶うわけない。」
「そうだな……で、良い仕上がりとは具体的には?」
「正規軍と互角程度、かな。」
「十分だ。お前が言うならそうなのだろう。」
「後付けの眼だから正確さはジョン殿より幾倍も劣るけどね。」
「失礼します、馬車の用意が完了し…あら、抹茶じゃない。ずるい。ねぇ、1杯くれないかしら。」
「メアリ、せめてノックしてくれよ…」
「はいはい。」
「こっちは準備完了だ。メロサス、メアリ、今回も一緒にがんばろう!」
「「応っ!!」」
3人は冒険者時代のように笑い合い、冷めた抹茶を流し込む。
馬車乗り込み王都へ向かう際、多くの領民の声援を受ける。
その期待に応えるべく、ユリウス・グロリアは今一度覚悟を決めた。
歪な形の歯車が運が良いのか悪いのか、ガチりと噛み合ってしまい、王国を戦争へと狂わせていく。
大公爵ユリウス・グロリア、風龍テンペスト、これらの歯止めが消えた今、エイルフッツ連合王国を止めることは出来ない。
上位、高位、中位、低位、下位。
上からこんな感じですね。
次回も描き終えているのですが、こっちに移す時間がないない…
気が向いたらあげておきますねぇー
それはそうと、最近誤字脱字多いとリア友に言われました。
監視されていると恐怖しつつ、今回の後書きはここまで。
追記(2021/10/21 21:43:00)
メロサスだったりメロシスだったりしてましたが
正確にはメロサスです。今まで気付きませんでした。すみませんでした。




