第38話 GW開け初日 朝から二人、並び歩いて Ⅰ
カッカッカッカッ、ザサァァ。
「お待たせ、待った? 朴木君」
「全然。じゃあ行こっか、向日葵ちゃん」
手は繋がない。唯、同じ歩調で並んで歩く。近過ぎず遠過ぎず、しかし、隣。そんな距離。
それが今の二人の関係。恋人でもなく、親しい友人の距離。そこに、愛も恋もない。どちらも自覚には至らない。だが、いつ次に進んでもおかしくはない。そんな関係。彼が彼女の家まで朝迎えに来て、一緒に仲良く登校するような関係。GWには二人っきりで清く遊んだ関係。
そして、互いに両親に報告したり、周囲に隠したり、する必要すら感じない、唯の親しい異性の友人としての関係性。そんな僅かな期間でそこまで噛み合うなんてことが、二人があんな特殊な出会い方から縁が始まったとはいえ、普通ではないということに、二人共気付いてなどいない。
「うん、やはり、少しばかり眠たそうだな。昨日連れ回し過ぎたか?」
「大丈夫、だよ」
「ならまあいいが」
「ふふ」
コトン、コトン、コトン、コトン――
コトン、コトン、コトン、コトン――
そんな遣り取りをするに留め、二人は並んで歩いているというのに、特に人目もある訳でもないのに、互いに話題を振ったり、空白ができないように口を開きつづけたりなんて、しない。
それどころか、互いの顔を見合わすこともそうせずに、手すら繋がずに、唯、同じ歩調でゆっくりゆったり歩いているだけ。
向日葵の歩調に隼人が自然と合わせているだけ。気遣う訳でもなく自然とそうしている。そして向日葵もそのことを全く気にしない。
それが二人の関係の本質の全てを現している。
互いに二人は、互いが傍にこうやっているのが、とても自然で、とても落ち着けて、安心できるかのような、そんな居心地の良さを感じているのだ。
それは、努力も配慮の互いに必要なく維持できる。維持というより、自然とそんな暖かな空気に包まれているかのような雰囲気が発生するような。そんな感じ。
二人は前を向いて、笑顔を浮かべはしないが明るい顔をして、そんな暖かさに浸っているのだ。二人だけの空間、二人だけの空気。唯二人が揃うだけで形成されるそれは、二人が一緒にいるようにして一緒に行動するようにする、十分な、理由。
あの桜、満開の楊貴妃の下で友誼を結んだ後、洒落た洋食屋の席で向日葵が隼人に提案した、学校の行き帰りを共にしようという提案から、それは形となった。
キィィィィィ、ガコン、プシュゥゥゥ、ゴトンゴトン。
列車が停止し、扉が開いた。
「山岬町、山岬町、詰めてご乗車の程、お願い致します。次は、海森、海森」
そんなアナウンス流れる中、二人は電車から降りていく。始発の電車であるが故に、他の乗客は殆どいなかった。それに、この駅で降りる乗客は更に少なかった。二人を合わせても10人いくかいかないか程度。そして、二人以外、全員スーツ姿の大人たちだった。
駅の改札を潜り、二人は駅の外へと出た。北側へではなく、南側へ。二人は向日葵の家の前から出発して少し言葉を交わしただけで、そこから今まで、一言も言葉を発していない。そして、それはもう少し続く。二人が今から向かう場所に着くまでは。
コトン、コトン、コトン、コトン――
コトン、コトン、コトン、コトン――
それは、駅から南へ、
コトン、コトン、コトン、コトン――
コトン、コトン、コトン、コトン――
未だ人がおらず、稼働していないので静まり返った時間帯の工場地帯を更に南下していって、
コトン、コトン、コトン、コトン――
コトン、コトン、コトン、コトン――
工場地帯を抜けたら、見えてくる、聞こえてくる、
ザァァァァ、ザァァァァ――
海。それと、白砂の海岸と、赤い煉瓦で舗装された散歩道のある海浜公園。未だ少し肌寒く感じる時間帯のそこに、二人は足を踏み入れた。
そして、そんな海岸を最も広く見渡せる、海岸の東西の中間地点でもある散歩道海岸の中間地点にある、木のベンチに並んで、
「はぁぁ」
「ふぅぅ」
ノシッ。
ミシッ。
隼人はゆっくりと丁寧に腰を掛け、向日葵は乱雑に尻から体を放り出すかのように座った。けれど、二人共そうして、椅子に体を預け切って、脱力の溜息を吐いたのは同じ。
ザァァ、ザァァァ、ザァァ――
ほんの少しの雲があるだけの晴れ空。海の傍であるにも関わらず風はそう強くは吹いていない。海も穏やか。そして、二人以外、そこには誰もいない。
先に口を開いたのは隼人だった。
「今日から学校かぁ。どう、向日葵ちゃん、クラスの奴らとは馴染めた?」
(我ながら雑ではあるが、心配なものは心配だ。俺との関わり合いが悪い影響を及ぼしていなければいいが。当然、自身の目で確認はしている。そして大丈夫そうではある。一見、は。だが、友人関係の細かい亀裂やほつれなんてものは、当の本人にしか分かりはしまい)
何気ない振りをして尋ねてみる。隼人がそうしたいからそうしているだけで、その配慮は隼人の心に負荷など掛けはしない。
「うわぁ、雑ぅぅ」
と、向日葵は両手をパーにして顔の位置まで上げて、大袈裟にからかうようにリアクションする。とても楽しそうに。
どちらが雑なのか分かったものではない。お互いさまだろう、これは。もう二人の間に変な気まずさや遠慮などはない。
(雑って酷くね? まあいいが)
隼人はそんな向日葵の様子を見て苛立つことはなく、安堵する。恐らく大丈夫なのだろうと分かったから。
「そういう朴木君こそどうなの? 私は全く問題ないよ。だって、」
(私からしたら、朴木君の方がずっと、心配なんだけどなぁ……。どう見たって、友達少なそうだし、浮いてそうだし。皆無って訳じゃないから、まだましなのかも……。でも、唯普通に話すだけの友達っぽい人すら二ケタいかないなんて、やっぱり少ないよね……。朴木君。それってぼっち寄りってことだよ、というか殆どぼっちだよ。だって私が誘うと君、いっつも来るし。他の用事があったなんてこと、この一ヶ月全く無かったよね……。まあ、私も君に誘われたらいっつもほいほい付き合ったし、お互いさまだけど。でも私はそうする為にちょっとは調整しないといけなかったりしたけど、朴木君が私に誘われたときは全然そんなの無かったよね? このGW中、『今すぐどっか行こうよ。行き先は朴木君が決めてねっ』なんていうのも何回かやったけど、全く嫌そうにしなかったし、ノリノリだったし、断るそぶりなく即決してたし。……私って、酷いかも……。そうだ、ごまかそ)
「私、可愛らしいもの」
(ちょっと茶化しちゃえばいいよね。こんな風に)
そこで、可愛いとは言わず、可愛らしいという辺りが、向日葵らしいところである。一見ずけずけしつつも、控えめ。でも逆に、控え目に見えて、ずけずけしている。
あらゆる物事において、向日葵はそうだ。ほわんとして捉えどころのないような。しかし、人当たりは良く、空気を乱したりすることなく、言葉に毒気も他と比べたらずっと無く、それでいて、そんな自身の特徴を誇らしく思うこともしない。そんな、ちょっと不思議な感じの女の子。
見掛け通りの、唯可愛いだけの、純真無垢なだけの女の子ではないが、汚れている濁っている訳でもない。純真無垢に少しの汚れを付けて、近寄りやすく、ちょっとばかり俗に、しかし周囲の誰よりも間違い無く汚れていない。それが、彼女。嫌われることなく、マスコットのように、同性から好かれ、弾かれることのない女の子。それが、この向日葵である。
「はは、違いない」
全部分かった上で、隼人はそう、素直に笑った。




