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すれちがい、恋初め、恋結び、 ~ほろ苦くも甘い初恋~  作者: 鯣 肴
第三章 並んで歩く彼と彼女。それはとても心地良い距離。だけど、度を越して心地良すぎた。だから再び浮上する最初の出会いの特異さが、心地良さを依存と疑わせる。

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第37話 GW開け初日 それが、彼と彼女の今の関係

 少しばかり時間は飛んで、五月上旬、GW開けの初日。


 コトッ、コトッ、コトッ、コトッ――


 一人の少年が歩いている。春秋駅へと続く川沿う道を。始発前の未だ早朝とも言える時間であり、人通りほぼ皆無。


 コトリ。


 足を止める。そして、もうとっくに花を散らし、今は青々しい葉を生やしているシラレザクラの並木の枝を見上げた。


 カサッ。


 枝の一つを掴み、顔へ鼻へ、手繰り寄せようとしている。そんなことをするのは、そう彼だ。彼くらいだ。朴木隼人だ。


(葉桜。あぁ、あれからもう半月か。随分早いものだ。さて、いつまでも立ち止まっている程に時間がある訳ではない。行かなくては)


 鼻元に持って来る前に手を放し、すぐに再び、隼人は歩き出す。


(それに、葉桜は、生で嗅いでも香りはしない)


 コトッ、コトッ、コトッ、コトッ――


 一度切って忘れて、それでも絡まり繋がった、女の子こと八月朔日向日葵との縁。隼人にとって、この桜は、隼人にとって、彼女との始まりの日の記憶の最初の地点なのだ。


(そう、半月前。雨。桜散らす雨。それが振ったからこそ、俺は彼女との縁を、一度忘れ断ち切った絡まりを、二度目はちゃんと結んだ。逃げずに結べた。だからこそ、互いに名を知ることができて、自然と呼び合えるようになった今がある)


 隼人は春秋駅へ入ってはいかず、その前で左に曲がる。線路沿いの住宅街区域へと向かっていく。犬の散歩や、早朝ランニングに励む人たちを偶に見掛けながら、人通りの少ない、弱々しくも空が青く見える位には明るく冷た涼しい空気の中を進んでいく。


(だから思う。来年、ここの桜が咲く頃、俺と彼女の関係はどのように変化しているのだろうか、と。ここ最近と殆ど変わらないかも知れない。大きく変わってるかも知れない。関係は深くなってるかも知れないし浅くなっているかも知れない)


 自転車や車は通らない時間であり、電車も始発前。その為、非常に静かである。


(先など分かりはしない。だが、少なくとも、今のような友としての関係程度は持ち続けていれたらな、と思う)


 コトッ、コトン。


 隼人は足を止めた。少しばかり黄色の混ざった外壁を持つ、茶色い屋根を持つ、二階建ての洋風の家。それを囲う、打ちっ放しの灰色コンクリートの高さ2メートル塀の切れ目である、青い縦格子の門の前で。


(さて、着いた、か。そして、未だ彼女は出てきていない、と)


 それは、凡そ50坪程度と、周囲の家と比べて広い敷地を持つ、一辺40メートルの塀で覆われた敷地の中、四方を芝生の庭に覆われて立つ、向日葵の住んでいる家。


 格子越しに、青々しい芝生の向こう、その家の1Fリビングの、白いカーテンが掛かった窓を、隼人は見る。


(カーテン越しだが、窓から光が漏れている。彼女の携帯端末を鳴らして起こす必要は無さそうだ。GW開けの初日であったし、昨日も散歩に突き合わせて疲れさせてしまったからな。てっきり寝坊でもしてるかと思ったのだが、杞憂だったか)


 携帯端末を取り出そうと鞄に手を突っ込んで、止めた。


(急かすことになっても悪い。端で待っておくとしよう)


 コト、コト、コト、コト――、コトン。


 いつものように、彼女の家の門から続く塀の端、駅に近い側まで歩いていき、塀にもたれ掛かることなく、塀に背を向けて、手に荷物を持ったまま腕組みして仁王立ちし、じっと、待つ。






 そして、その頃の彼女こと八月朔日向日葵はというと――


「あぁぁぁ、お母さん、間に合わないよぉ~」


 ガシャッ、ドタタタタタ、ガコォォンンン!


 そう言って、慌てふためいて、取っ手のついた木の一枚扉を開けて閉めて、居間から飛び出してきたところだった。そして、走り出す。


 スタタタタタ――


 白い壁紙と明茶色の長さ20メートル程度のフローリングと幾つかの同じような複数の木の扉から成る、電気を付けていないので薄明るい廊下を。鞄と体操服の袋を持って。


 そんな向日葵であるが、髪の毛に枝毛はなく、目ヤニなんてものは付いてるはずもなく、化粧は薄くもばっちりで、着ている服には乱れ一つない。


 向日葵が口にした『間に合わない』は、このような万全の準備込みでの『間に合わない』だったのだ。


 タタタ、スタァァ!


 そして今、その端である、数歩先の足元から始まる黒く光沢のない石畳の土間と、その向こうの重厚な木の扉がこちらに顔を向けている玄関へと到達したところだった。


 その土間の上は天井が非常に高くなっており、上部は開かない窓になっている。外の光が取り込まれて場合に合わせて増幅されたり、減衰されたりして降り注ぐようになっている為、晴れの日の昼間の如く明るい。


 ストン、ストン、


 と向日葵は荷物を投げ置いて、


 スタンッ。


 床に四つん這いになってせわしなくローファーを探す。乱れてめくれ上がったスカートを直すこともせず、慌てふためいて探す。


 ガシャン、コトコトコトコト――コトン!


「ったくあんたは……。朝ご飯は?」


 それは後ろからやってきた向日葵の母親の声。低くも濁りのない声量あるアルト声だ。それは向日葵の耳にしっかり響いている。しかし向日葵は振り向きもせず、


「いい。間に合わないもん。ふ、ふぅあぁ~あ」


 そっけなく突っぱねる。大きく欠伸をしながら。そして、


「っ、あ、あった」


 ローファーをやっと見つけた。まだ少し寝ぼけていたからすぐ直下少し左当たりにあったのを見逃していたのだ。


 そんな向日葵を見て、母親は溜め息を吐く。


「はぁ……仕方無いわねぇ」


 コトッ、ストン。


 向日葵は見つけた靴を手繰り寄せて、フローリングと一段下の石畳が形成する10センチ程度の段差に腰掛け、


 スパッ、スパッ。


 靴ベラも使わす本革製のそれを穿く。


「行ってきま〜す」


 慌てながらも、笑顔を浮かべとても嬉しそうに母親の方を向いてそう言うことを忘れなかった。そしてドアに手を掛け、


 ギィィ、


 扉を開けて、颯爽さっそうと駆け出していった。


「ああっ、鞄も体操服も忘れてるわよぉおおお!」


 ガシャン!


 ドアの閉まる直前に聞こえた後ろからの呼び止めに反応して、向日葵は扉の向こうで足を止め、振り返る。


 ギィィ。


「ほら、あんたしっかりしなさいよ。鞄忘れて学校に何しにいくつもりなのよ。せわしないったらありゃしない」


 ガシャン!


 カツ、カツ、スッ、スッ、スッ。


 扉を開けて出てきた母親が呆れながらそう、向日葵に鞄と体操服の袋を手渡した。


「はいはい。お母さん、ありがとねっ」


 まるで暖簾に腕押しであったかのような小言の効いてなさに、母親は更に呆れる。もう、溜め息すら出なかった。


 向日葵の母親は基本的には向日葵と似ている。違うところは、向日葵を全体的に縦に引き伸ばしたような体付きをしているということだろうか。


 白い薄手の半袖Tシャツとブラックのストレートデニムを着て、その上にダークグリーンのエプロンを付けている。全体的に少々筋肉質な感じであり、向日葵より体は引き締まっている。それでも細身ではなく、肉付きはいい。特に胸部は、向日葵よりも激しくその存在を主張している。


 髪の毛は薄茶色に染められている。全て後ろに流しており、その長さは優に肩下に届いている。目付きは向日葵より少しきつめ。年の程は30中頃であるのだが、肌の白さ、透明感、張りからいって、20代にしか見えない。


 そして、こんな朝早い時間に娘である向日葵に弁当を用意して、向日葵は食べなかったとはいえ朝食も用意していた。つまり、向日葵よりずっと早く起きていたということであるのだが、向日葵とは違って全く眠そうではなく、その目はしっかり見開かれている。


 向日葵は真っ直ぐ母親の目を見てそう言って笑顔を向け、くるりと背を向けて、


「じゃっ、行ってきま~す」


 颯爽と駆け出していった。そんな様子を母親は優しく見守る。


 スッスッスッスッ――、ガコン、ギィィィ、ガコン。タッタッタッタッ――


 塀の門を向日葵が開いて閉じ、向日葵の姿が見えなくなったところで母親は溜め息混じりにぼやくように呟いた。


「はぁ、あの子ったら。男待たせて慌てる位ならもうちょっと早く起きなさいよ……。それに、あの子の都合で私こんな無駄に早起きさせられてる訳だし……」


 塀の向こう、娘である向日葵が大きな声でその彼氏らしき男の名前を呼ぶのが母親の耳にいつものように聞こえた。


「そろそろ紹介しなさいよ……。目と鼻の先までいつも来させてるんだし、朝も夜も。……、はぁ……」


 そうして、この日の朝も、母親は向日葵にそのことについて尋ねることなく不満を溜め息に変えるのだった。

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