第39話 GW開け初日 朝から二人、並び歩いて Ⅱ
「まぁ、俺の方も大丈夫だ。君の知らないところで友と言える奴らは増やしているさ」
(はは、元からぼっちには慣れているさ。だが、心配させたくもないし、心配させる必要性も感じない。だから答えはこれでいい)
雑で、殆どが言外の意味の読み合いのような会話。しかし、それを二人は特に疲れを感じたり、意識を集中させたりすることなくスムーズにズレなく行っている。
隼人は何となくだが、この一か月ですっかり向日葵という人間の性質を理解していた。だから、向日葵に向けてしたした質問は、隼人にとって唯の確認的意味しかない。
それに、向日葵がもし、自分の知らないところで自分のせいでおびき寄せたかも知れない不良たちに絡まれる、迷惑を掛けられるなんてことがあったとして、きっと向日葵はそのことを自身には言わず隠すだろうと、隼人は分かっていた。
だが、向日葵は隠し事が下手。顔に表情に仕草に、出る。だから、揺さぶって何とも無かったのだから、隼人は安堵したのである。
だが、隼人の向日葵への理解は完全ではない。隼人と同じように、向日葵も隼人という人間の性質を凡そ理解している。
だからこそ、隼人のその偽装は向日葵にばれている。
「へぇ~? どんな?」
こちらがを相手を覗くなら、相手もまたこちらを覗いているのだから。だが、向日葵に意地悪そうに笑いながらそう尋ねられた隼人は、困った顔など見せはしない。考え込む時間さえ使わず、咄嗟に返す。
「多分、この前、不良に絡まれてるところから助けた奴とか、同じ学校の同じ一年男子だったし、まあ、向こうは俺のことを友達だと思ってくれているだろう」
(ほら、どうだ?)
だが、それはガバガバな論理。だから、
「へぇ、その人の名前は?」
「……、あっ……」
こうなった。
(しまった、名前、聞いて無かった……。どうせもう関わること無いだろうし)
間抜けな顔をして、驚く隼人。まさにそれは、ぼっちの証拠そのもの。名前を知らない相手、明らかにそのときだけの関わり合いしかない相手。そんなもの友達にカウントできる筈もない。それが分からないということは、言われないと気付かないということは、そういうことだ。
「ふふ。今度会うことがあったら名前聞いて、ちゃんと友達になったらいいと思うよ」
「……」
隼人の顔に一瞬薄く浮かんだ不安を、向日葵は見逃さない。すかさずフォローする。別に向日葵はフォローしようとしてフォローしている訳ではない。自然と気付けばそうしている。そうしてしまっている。唯それだけのことだ。
「大丈夫だって。見掛けはコワモテで圧迫感凄くて、どう見ても同級生に見えない朴木君だけど、中身は優しさの塊みたいなもんだって、分かる人には分かるから」
「……」
こくり。
隼人は一応頷いたが、そうするまでに僅かに間があった。それに気づいていた向日葵は、駄目押しする。
「その人もきっと、君に助けられたんなら、分かるって。私もそうだったから。ねっ」
とっても優しく、暖かく、まるで隼人を抱擁するかのように、向日葵はそう、照れるでもなく、互いに横を向いて向かい合って、向日葵は隼人の目を真っ直ぐ見て、唯、大丈夫だよって言うよりもずっとずっと強く、隼人を肯定し、笑った。
ザァァ、ザァァ――
波の音が響く。
未だそう時間は経っていないようで、二人の後ろの、工場のある方向から物音は聞こえてこない。二人は見つめ合うのを止めて、前を向き、共にのんびりと海を見ていた。
「静かだね」
「あぁ」
「さっきの、まだ気にしてたり、する……?」
「大丈夫だ。寧ろ、君のお蔭で勇気づけられたよ」
「よかったぁ~」
「良かった」
ザァァ、ザァァ――
これが凡そ、ここ最近の、学校がある日の二人の朝の日常である。とても雑にだが、互いを思い合って遣り取りして、そして、暫く喋ったら黙って、海を見る。そしてそのうち、またどちらかが話を振ったり、どうでもいいことを口にして、もう一人がそれの相手をする。
見ての通り、二人はこうやって互いと喋ることが好きだ。こうやって遣り取りすることが好きだ。それはとっても自然で落ち着くこと。暖かい空気をより感じられること。
だというのい、二人はこの海浜公園に来るまで互いに口を開かなかった。それは、互いの外から見られた場合のイメージに起因している。それを気にしなくてもいいようにできるのがこの時間帯のこの場所だから、二人はここに来たのだ。
そしてそれは、人目を気にする、とは違う。二人は共に、自身が周りからどう見られるかを気にしている訳ではない。相手が周りから自分といることでどう見られるかを気にしているのだ。それは思いやりであって、人目を気にする、とは根本的に違う。そこにあるのは利己でなく利他なのだから。
そして、共に部活に入っている訳でもない、クラスも違う二人が、人目を気にせず、時間を潰すには、こうするのが一番だと、自然と、二人で行き帰りを共にするようになって一週間目くらいには、登校日の朝はこれが日課になっていた。
感覚的には、日差しが少しばかり熱く感じられてきて、工場方面から人の賑わかしさを感じ始めた頃が、頃合い。それまでは二人はここで駄弁っている。
人目を気にしない。二人は別に、本当に気にしていない。だが、周りが気にする。それが、二人がここに来るまで殆ど喋らなかった理由。人目は気にしないが、共にいることによる面倒は避けたい。特に、隼人関係の面倒事。隼人は向日葵をそれに巻き込むことを酷く嫌がる。そして、そんな隼人の苦い顔を見るのが向日葵は嫌。
向日葵としても、周囲から人気のある自分といることで隼人が悪く言われたり、普段絡んでくる種類以外のたちの悪い連中に隼人が目を付けられたり絡まれたりすることになることが嫌。
互いに、自身が相手に、自分といることによる確実に存在するであるマイナス効果を受けさせるのが嫌なのだ。だが、離れるという選択肢は互いにそもそも全く考えていない。だから、そのマイナスを最小限にしつつ、互いに傍にこうやっていられる方法を編み出したのだ。
どちらから海岸でこうやって駄弁るようにしようと言い始めたでもなく、自然と足取りがそこへ向かって、何となくそうしてみて、共にいいと思ったからそれが日課になっただけのことだ。
ザァァ、ザァァ――
波の音は変わらないが、日差しが強くなってきたと向日葵は感じたようで、
「そろそろ行こっか」
「ああ」
ギィッ。
ギィッ。
二人同時に立ち上がって、荷物を持って、海岸を後にした。朝の会話の時間はこれで終わり。後は、ゆっくりと余裕を持って学校の校門まで一緒に行き、そこで分かれる。それだけだ。
そして、その日の昼休みまで二人は会わない。互いにそれぞれ持つ友好関係を無いがしろにする訳にはいかないのだから。それが二人の共に在る朝の日課の全てだった。
コト、コト、――
コト、コト、――
海浜公園から出る寸前に、向日葵は隼人に言った。
「その助けた人、探せばすぐ見つかるだろうし、自然な感じで鉢合わせて、ちゃんと名前聞くんだよ」
「ああ。分かってるさ。貴重な友達枠だ。ものにしてみせるとも」
向日葵に小突かれながら、隼人は自信ありげに胸を張った。




