第33話 やっと知った互いの名前、やっと始まる二人の関係 Ⅰ
不良たちは彼に謝って許して貰い、そして彼女に動画消すように懇願して、彼女が動画を不良たちの前でバックアップじゃない方を消して、不良たちが捨て台詞を吐いて走り去っていったのだった。
それを見送りながら、彼女は彼に尋ねる。
「釘刺さなくて良かったの?」
「あいつらだいぶましな方だし。別に実害無いからいいかな、って。それに、丁度良かったんだよ。朝から気分重くて、一限目から授業受けるには憂鬱過ぎたからな。いい発散になった。それに丁度いいところに君が来たし」
「私?」
「昨日のことさ。忘れた振りなんてして、済まなかった。約束を履行したい。君がもし、良ければ、だが。君の同意がないとどうしようも無いからな」
彼は、そう、目的の為に嘘をつく。忘れた振りではなく、忘れていたのに、それも、彼自ら、率先して忘れたというのに、都合良く嘘をつく。だが、別にそれで構わないのだ。それは優しい嘘であり、彼女がそれを望んでいるのだから。
「うん。当然! でも、その前に、まずはお互いの名前を知らなくっちゃ! お友達って、そういうもの、でしょ?」
ここぞとばかりに、彼女はぐいぐい押す。
本来名前を聞くなんて、もっと前の段階でやっておくべきことだったが、彼と彼女のここまでの関わり合いは割と特殊過ぎた。
だが、二人の足元は、しっかりと固まっている。
(学校着くまでに何とかしてフルネーム聞いて、私も名前教えられたらって思ってたけど、彼の方から振ってくれるなんて! 友達になるなら、名前なんて、お互い知ってて当然だもんね)
だから当然、彼は応じる。
「俺は朴木。朴木隼人だ。こう書く」
彼は胸元からペンとメモ帳を取り出した。
ペンは、細く長い銀色の、小さなポケットなどにも収められるような太さ5ミリ程度、全長11センチ程度の、ノートなどに挟ませてもあまり邪魔にならない、携帯用のペンである。メモ帳は、よくある、リング状の金具でページ同士が繋がっているポケットサイズのものである。
カリカリッ、
彼はペンをメモ帳の白紙のページの上をさっと走らせて、
ピリッ。
彼女に千切って、渡す。
【朴木 隼人】
「ありがと。あ、そのペンいいね。どこで買ったの?」
「春秋町駅の北の文房具屋さ。割と変わったもの置いてるんだ」
「ふ~ん。そっか。ふふ」
にやける彼女。
(素敵な名前だなぁ。けど、この苗字はちょっと……、彼そのものを悪い意味でよく現し過ぎてる気がしないでもないかも……。でも、いっか。朴念仁じゃなくて、素朴って考えたらいいんだ。だって彼は、鈍いけど、冷たくも、酷くもないもん。いや、名前分かったんだし、彼じゃなくて、朴木君、か。ふふ)
「どうせなら、試してみるといい」
と、彼女の空いた片手を取り、彼はペンとメモ帳を握らせた。
「うん、ありがと、朴木君」
彼女は顔を赤くしてそう言った。
「はは、そういう君の名前を僕は知らないのだが」
そうやって彼は彼女に名前を催促する。
カリカリカリカリッ、
更に、そのページの裏側へ。
ペラッ。
カリカリカリカリッ、カリカリカリッ。
「はい。どうぞ。ペンとっても書きやすかったよ~」
と、彼女は、彼のペンと自身が書き込みを加えたメモ帳を渡す。表面に自身のフルネームに読み仮名を振っていないものが、裏面に憶え方を書いたものが来るようにして。
(これ何て読むのって、言われませんように)
スッ。
(私の白馬の王子様たる彼、改め朴木君なら、当ててくれるかなぁ?)
彼がメモ帳とペンを受け取る。そして彼女は判定を待つ。
「ほう、成程成程。そういう趣向か。三択クイズという訳だな。ヒントが欲しいところだが、下手をすれば、これ、裏面に答え書いてあるな。さて、どうしようか」
そう、彼は彼女を見て、微笑む。
(頭巡らせて考え事してるときの朴木君も、いいよねぇ。闘ってるときとはまた違う一面。こういうギャップがまたいいのかも)
「ねぇ、聞いてるかな、向日葵ちゃん」
「ひ、向日葵ちゃんっ! ひゃぁぁぁ」
と、彼女は沸騰したように顔を一瞬で真っ赤にして、蕩けている。
「君は赤面症か何かなのかい? ……、っ! 済まない……。気にしてたか……? それに、少々からかい過ぎた。悪ふざけが過ぎたな……。……いや、そうでもないのか?」
不味いこと言ったと勝手に思って勝手に気にして、勝手にそんなことも無かったかと彼が判断する間も、彼女は喜びでトリップしていた。
「すまん、八月朔日さん!」
と、彼が頭を下げて、三つの候補のうちの読み方で彼女を苗字で呼ぶと、
「ち、違うの、寧ろ、そう呼んで! 向日葵ちゃんって呼んでぇええ! あああああ、ひゃぁぁぁぁぁ、恥ずかしいよぉぉ~ひゃぁぁぁぁぁ――」
彼女は慌てて下の名前呼びをお願いする。そして、勝手に恥ずかしくて堪らなくなって、可愛らしくも奇声っぽい謎の声をあげながら、赤面しながら、悶える。
彼はそれを見て、何故か、とても真剣な顔をして、ペンとメモ帳をポケットに仕舞い、
ガシッ。
彼女の両肩を掴み、自身の顔を彼女の前に。彼女は固まる。そして、
「分かったから、落ち着いてくれ、向日葵ちゃん」
彼のその気もないトドメの一言で、沸点を吹っ切って、彼女の意識のスイッチは切れる。真っ赤っかに火照った顔で、蕩けた目で、彼を見たまま、身体まで熱っぽく真っ赤っかになって、彼女の体は立っていられなくなる。
ズッ。
彼はそんな彼女を腰に片手を回して支え、もう片手を両大腿の下に回し、彼女を抱き抱え、
「はは、随分変わった子だな。向日葵ちゃん、か。当てずっぽだったが、三択には当たったらしいから、"ほずみ ひまわり"ちゃん、か。さん、って言うより随分こっちの方がしっくりくる。あぁ、そういうことか。照れ臭いものだ。俺でこれなのだから、下の名前でいきなり呼ばれたこの子はその比じゃ無かったってことか。女の子の憧れそうなシチュエーションではあるが、相手が俺で良かったのか? 一応鎌かけしてみたが、やはり、目を開けたまま、意識を失っているか。仕方無い、向日葵ちゃん。お詫びに俺が君の枕になろう。……。あぁぁ、良かったぁぁ。よくよく考えてたら、俺、とても臭いこと言ってるじゃねぇかぁぁ」
自身の気持ちの整理と並行して、彼女が未だ意識があるかどうかの鎌かけを済ませた。彼は女の子に慣れていない。だが、少々無理して背伸びして対応して見せた。そして、それは割と彼女のツボを押さえていたのだが、彼自身の恥ずかしさのツボも同時に押していた。そういうことである。
こんな難しい言い回しや言葉を好み、おかしい位の度胸と戦闘能力を持ち、外見内面共に高校生らしからぬ風である彼ではあるが、女の子付き合いに関しては、並みの共学経験のある高校生水準にすら至っていない、初心で素朴なピュアボーイであるのだ。
だからこそ、彼女の化けの皮の下にある残念な面を見ても、彼は引かなかったのだろう。
「さて、どこか良さげな場所は――、ほぉ、あれは」
彼はニヤリとして歩き出した。自身の分と彼女の分の鞄は後回しにして。




