第32話 不良漫画シチュ、逃避行 in 山 Ⅲ
「で、君はまたどうして俺を助けてくれたんだ?」
最初に口を開いたのは少年だった。
「どっちかって言うと、邪魔になっただけのような……」
女の子はそう申し訳無さそうに、彼の問いに答えるでもなく、謝るでもない、中途半端な態度をする。
(とても、助けたって言えたもんじゃないよぉ……)
「そんなことは無いぞ? 脳筋的解決法に出ることは避けられたからな。あいつらがもしナイフでも持ってたら、切り傷位はどっかに負ったかも知れないしな」
「なら、いいけど」
そう彼女は安心した表情で彼に微笑んだ。
(はぁ。良かった。私、ちゃんと、意味あったんだ)
コトッ、コトッ、コトッ、コトッ――
コッ、コッ、コッ、コッ――
二人は学校への農道のような細い、アスファルトで舗装された道を並んでゆっくり登っていきながら、そんな風に話をしていた。ペースは彼女が決め、彼がそれに自然と歩調を合わせている。
「それで、理由だけども、そんなの決まってる。恩人が困ってるなら、当然、助けるでしょ!」
(役に立ったなら、胸張っていいよね!)
「割と当然じゃないと思うぞ」
彼がそう呆れ気味に言うので、
「それブーメランだよ」
彼女もそうやって呆れてみせた。
「……。はは、そうだな」
彼は彼女の言葉から、電車での封印すべき記憶の光景を思い出し、憂いを浮かべつつもそう微笑でごまかした。全然包み隠せていなかった。
(あああああ……。凹ませるつもりなんて無かったのに……)
「一週間前、私が言ったこと、全部ホントだから。だから、キミは胸を張っていいんだよ。というか、胸張って。私の為に。そうしてくれないと、ほんと、申し訳なくて……」
と、彼を励まそうとしたのに、彼女も落ち込む。情けない位にものの見事な、自爆……。彼を巻き込んだ、彼に追い打ちを掛けた、自爆……。
「済まない……」
だが、彼の更なる落ち込みからの反応。それは、彼女にとって、一つの救いでもあった。
「今の反応、やっぱり、覚えてたんだ。昨日の、演技だったんだね」
彼が昨日、彼女を知らないと言っていたのは、記憶を失った振りであって、演技なんだと完全に分かったから。それが的外れだと、彼の事情を知らない彼女が気付ける筈もない。察しの良い彼女が気付かない位である。誰が横にいても結果は同じ。彼女は一切、悪くない。そして、彼も一切悪くない。悪いのは、事情そのものだ。
(ならきっと、約束のことも、覚えてくれている。やっぱり、気まずいと思って、私の為に保留してくれてたんだ。なら、きっと、私が手を伸ばせば、何とか、なるっ!)
「……。ああ……」
彼はどう反応しようか迷ったが、そういうことにした。彼特有の理由。それは話しても信じて貰えるような話ではない。SF染みていて、余りに嘘っぽい真実であると、彼は弁えている。それでも彼女が信じてくれそうな気がしたのが、余計に彼に申し訳なさを抱かせたのを、彼女は気付きはしない。
「おらぁあああああああ! 朴木ぃいいいいいいいっ!」
「見つけたから、逃げんなよぉおおおお! 朴木ぃいいいいい!」
突如背後、少し離れた距離から聞こえてきた二つの声。それによって、二人の歩みも話も中断になる。
(えっ、えっ? "ほうのき"? それが彼の名前なの? なにこれ……。なんでこんな風に知ることになっちゃってるの? あぁ……、私の、せいだ……)
「っと、済まない。まさか、あいつら、当たりつけて、追い掛けてきやがるとは」
彼女の内心なんて知る筈もない彼は、そう言って後ろを振り向く。追い掛けてきた不良たち二人と、彼と彼女の距離は、もう5メートル程度しか空いてなかった。
「私がとろかったから……。ごめん……」
申し訳無さそうな彼女に対し、
「いや、いいさ。これ位問題ない」
彼は別にそんな展開どうということないと揺らがない。彼女への気遣いもあるが、彼にとって実のところその展開の方が手っ取り早いのだ。
彼の名前、恐らく苗字の読みだけを突如知ることになった驚きから、彼が楽しそうな表情を浮かべたことには気付いていない。
ざぁぁ!
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ――」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」
後ろを向いた彼と彼女の前に、息絶え絶えの二人が到達した。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、おらぁあああ、追いついたぜぇぇ、朴木ぃいいいいいいい! いつもみたいに、ぜぇ、ぜぇ、掛かって、こいよぉおおおお! ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
「顔に似合わずストロベリーしやがってぇえええ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、調子こいてんのかぁあ、朴木ぃいいいいいいいい、はぁ、はぁ、……。何呆れてやがる、てめぇのせいだろうがぁああ、はぁ、はぁ、朴木ぃいいいい。はぁぁんんん! お嬢ちゃん、危ないからちょっと離れといてね。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
酷い絵面、謂れようである。
「ああ。分かった。相手しよう。だが、少し待ってくれ。お前らそんなじゃ、どう足掻いても俺に勝ち目無いだろう? せめて息くらい整えやがれ。俺はその間にこの子を説得して俺から離れさせるから」
不良二人は
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ――」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」
ぼたぼた汗を垂らしつつ、目で頷いた。
「さて、俺は一応君の提案を受け入れた訳だが、流石に、こうなってしまっては仕方無い。双方怪我しないように無力化することにしよう。血は恐らく、見ないで済む。それでいいか?」
彼女を気遣いつつ彼はそう押し気味に彼女に納得するよう、しかし表面上柔らかく、迫る。すると彼女は、
「分かった。じゃあ、ちょっと離れてるね。でも、その前に」
彼が持っているままの自身の鞄に手を突っ込んで、
ガサッ、スッ。
携帯端末を取り出し、
コトッ、コトッ、コトッ。
「不良さんたち。凶器とかは持ってないよね。もし持っていたとしても、使わないでね、絶対に。もし使おうとしたら、私すぐさま、110番するから」
(そう。だって、この人たちは半端に賢い。そして、意外といい人たち。だから多分無いとは思うけど、念の為。彼に為にこれ位はしとかないと)
スイッ、スッ、ピッ、ピッ、ピッ。
すぐさま警察に電話を掛けられるから、と画面を見せながら脅迫した。
「動画取るから、言い逃れなんてできないから、ね。凶器さえ使わないでくれたら、ちゃんと終わった後に、貴方たちの前で消すから」
(そして、ダメ押し兼、私の実利、と。当然、バックアップ取って、彼の雄姿をゲット! と)
と、脅迫上乗せして、彼の方へ戻った。
「じゃあ行くぜぇええええ。おらぁああああああ!」
「覚悟しやがれぇえええ! うおおおおおおお!」
そして、即落ち三コマさながらに、一瞬で不良二人は無力化され、今までのは一体何だったのかという位にあっさりと、事態は収拾した。




