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第十一話 その乙女は怪異に魅入られ(1)

「ということで、小鞠くんはおれの家に下宿してくれることになりました!」


 ぱちぱちぱち。椿さんの乾いた拍手のみが響く。

 文楽社近くの、昼下がりの喫茶店。

 店内は多くの客で賑わっているが、おれたちの間に流れる空気感は冷え冷えとしていた。


「御厨くんが、凛世の家に下宿……。すまないね、何度聞いても理解できないよ」


 朝凪さんにしては珍しく、深くため息をついている。


 今日は朝凪さんにとある報告があって喫茶店に集っている次第だ。

 その報告とは、おれが椿さんの家に下宿するというもの。

 三滝坂の怪異の件について、椿さんはしっかり原稿を書き上げたのだが、おれにそれを渡す際、よければここに住まないかと誘ってきた。

 椿さんに何かお礼がしたいとおれが申し出た直後のことだった。


 椿さんへのお礼、すなわち家賃を納めるべくここへ下宿しないかということである。


 おれの借りていた安アパートはぼろぼろだし、今後も別の怪異事件に巻き込まれないとは限らない。

 椿さんの家なら家具類は一通り揃っているし、怪異事件の心配もない。なぜなら、そもそも既にあの家自体が怪異みたいなものだからだ。


 さらに椿さんの家に住めば原稿を受け取りに、わざわざ久良木町まで行く必要も無くなる。

 仕事の効率化にもなることだから、ぜひとも住まないかと誘われた。


 もちろん最初は断った。

 奴の化け物屋敷に誰が好き好んで住むかという話だ。無理に決まっている。

 しかし椿さんが善意で勧めてくれているものは断りづらい。


 お礼ならなにも住むまでしなくても、と思ったが椿さんは無駄に余っている部屋たちを活用して家賃収入を得ようと考えているらしかった。

 本人曰く、これまでまでも知人や後輩の作家に声をかけてみたが、住んでくれる人はほとんどいないい上に住んでくれたとしても一週間と経たず逃げられてしまうのだと。

 そりゃ幽霊屋敷なんだから当たり前だろう。

 一部の物好きぐらいしか住まないような屋敷だが、おれなら住んでくれると椿さんは思ったらしい。

 椿さんから提示された家賃は、おれが思うよりずっと安かった。


 そもそもおれは原稿の催促をしに行っただけであるが、たしかに椿さんのおかげで三滝坂の怪異の一件は解決したのだ。

 結局、お礼も何もしないままというわけにはいかず、押し切られて椿さんの家に下宿することになった。

 まあ、どうせ長く住むつもりは無いから少しの間ぐらいはいいだろう、という次第だ。


「冗談だよね。僕になんの相談も無く御厨くんが決めるわけないだろう。絶対にやめた方がいい」


「いえ、もう決めたことなんで」


「じゃあ本当にあの家に住むのかい?椿凛世の幽霊屋敷だよ?怖くないのかい?」


「もう住んでますよ」


「そんな……。住むところに困っているんだったら、僕が用意してあげたのに……」


 朝凪さんはがっくりと項垂れてしまった。

 大体、十三丁目の幽霊屋敷のことを知っていればそもそも椿凛世への原稿の催促など引き受けなかった。

 それさえ無ければおれは椿さんと出会わず、彼に妙に気に入られることもなく、変わらない平凡な毎日を過ごしていたはずだった。

 発端となるお使いを頼んだのは他でもない朝凪さんだが、こんな展開になるなんておれも朝凪さんも想定してなかった話だ。


「おれが椿さんの家に住むことがそんなに変ですか?」


「違う違う、朝凪は小鞠くんに頼って貰えなかったことが悲しいだけだよ」


 ミルクセーキがたっぷりと注がれたカップを片手に、椿さんは上機嫌にそんなことを言う。


「悔しいけど凛世の言う通りだね。でも、御厨くんがちゃんと納得して決めたことならそれでいいよ」


「ありがとうございます。あまり心配はかけないようにしますから大丈夫ですよ」


 別に朝凪さんのことを信用してないんじゃなくて、ただ迷惑をかけたくないだけだ。

 いつまでも朝凪さんに甘えてばかりはいられない。


「そうだねぇ。御厨くんは、凛世の屋敷の物の怪たちとは仲良くできそうかい?」


「それなりには……できているかと」


 幽霊屋敷の個性豊かな面々を思い出す。


 まず、化け猫。

 あんなにかわいい猫なのに、おっさんの渋い声がするんだ。正直、ものすごく複雑ではあるけれど、やはり猫はかわいいので口さえ開かなければ癒しにはなる。


 それから絹子さん。

 初対面の時は困らされた相手ではあったが、積極的に家事手伝いをしているとすぐに警戒を解いてもらえた。

 むしろおれにべったりで怖いぐらい。というか普通に怖い。

 おれをかわいがりたいと菓子を持ってきたり遊んであげようと寄ってくるが、おれは赤子じゃないので勘弁して欲しい。よく見ろ、おれはどこもかわいくない。


 あとは勝手に開いたり閉じたりする扉や、神出鬼没のどこから来たか知らん子供。

 湯呑みが語りかけてきたり、井戸の中から這い出てくる女性、たまに庭で素振りをしてる武士っぽい男性やらなにやら。

 姿形は問わずわんさか賑やかなのが出てくる。

 幽霊屋敷の名に違わず化け物だらけでしっちゃかめっちゃかだ。

 ただ、おれに危害を加えようとするものはおらず、自分たちを怖がらない人間は久々だとかなり友好的に接してもらっている。


「怖くない? 無理はしてはいけないよ」


「怖くないです。全然、まったく」


 別に、怖くないし。ほんとに。怖くないし。

 あんなんでビビるわけないし。

 いきなり背後に立たれても、別になんにも怖くないからな。


「ふ〜ん、小鞠くんは強い子だねぇ」


 椿さんが含みのある視線でにやにや笑っている。


「おれ子供じゃないんで」


「そうだったね。ごめんごめん」


 余計なこと言うな。次からはあんたのことおっさんって呼ぶぞ。


「凛世も、あまり御厨くんを面倒事に巻き込んじゃあいけないよ」


「分かってる。それに、最近は怪異も特に見つからないし、そろそろ遠征でも行こうかと思ってたんだよね」


 遠征、とは。

 気になる単語が出てきたが、おれはそのまま話を聞く。


「次はどの辺に行くんだい」


「また尾張に行こうかなって。この前お世話になった酒屋の親父さんとこに挨拶がてら、前回探せなかった方面を探索しようかと」


「そうか、それはいいね。結果を楽しみにしておくよ。くれぐれも変なものを持って帰らないように気をつけてね」


「もちろん。その点はぬかりなく」


 椿さんと朝凪さんは親しい友人のように見える。

 気心の知れた関係のようだが、二人はいつから友人なのだろうか。



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