第十二話 その乙女は怪異に魅入られ(2)
「あの、椿さん。旅にでも出るんですか」
「そんなところかな。取材旅行みたいなものだよ。長く家を空けるつもりはないから、すぐ帰ってくるさ」
「凛世の執筆は特殊だからね。帝都だけじゃ物足りなくなってしまうんだよ」
「へぇ……」
なるほど、新たな怪異を求め椿さんは全国各地へ足を伸ばしているというわけか。
取材旅行といえどその中身は穏やかなものでは無さそうだ。
「朝凪さんも怪異を見たことあるんですか」
椿さんの執筆方法について知っているということは、朝凪さんも怪異の存在を想像上の架空のものではなく実際にいるのだと認知しているということになる。
「そうだね。大体は御厨くんと同じ体験をしたと思うよ」
朝凪さんが見たものはどんな怪異だったのだろう。
あれからいくつか椿さんの小説を読ませてもらったが、朝凪さんがみた怪異も小説になっているのだとしたら一度読んでみたい。
と、そこへ喫茶店の女給から声をかけられた。
「ご歓談中失礼いたします。宗一さまに出版社さまからお呼び出しがあるのですが、いかがいたしましょう」
鈴の音のような澄んだ高い声に、なんだか違和感を覚える。
「ああ、今行くよ。ありがとう、乙女さん」
「お気になさらず」
なにか編集部で問題でも起きたのだろうか。おれも行こうとするが、朝凪さんは大丈夫だと言う。
「まだ休憩時間だし、御厨くんはもうちょっとゆっくりしてていいよ。それじゃ、僕は行くね」
朝凪さんは伝票をさっと手に取り慌ただしく出ていく。
別にわざわざ奢ってもらわなくてもそれぐらいいいのに、朝凪さんには気を遣ってもらってばかりだ。
「奢って貰っちゃったねー」
この男はなんとも思ってなさそうだった。
なんか甘味でも頼めば良かったなー、などとほざいている。
しかし、椿さんは放っておくとしてこの女給がやけに気になる。
(どこかで見たような……)
少し考えてから気がついた。
朝凪さんを宗一さまと呼んでいた少女だ。
文楽社ではなく喫茶店で働いていたのか。しかし、苗字ではなく名前でそれもさま付けで呼ぶとは。
朝凪さんの知り合いのようだが、こちらも気になる関係性だ。
さて、それで朝凪さんが去った後も少女はここへ留まっているが、何か用だろうか。
少女は椿さんの方にくるりと向き直る。
「お久しぶりです、椿先生。なかなかご挨拶にも伺えずすみませんでした」
「え」
なんと驚くことに椿さんにぺこりと頭を下げている。
「いいっていいって。乙女ちゃんもこっちに来たばっかりで忙しかっただろうし、ちょうど今日朝凪への報告ついでに会いに行こうと思ってたんだ」
「そうでしたか、それはありがとうございます。椿先生もお変わりないようで安心しましたわ」
「乙女ちゃんはどうだい。体の調子は」
「以前よりは良くなったかと思います。帝都はあちらと違って賑やかですから、気が紛れますのよ」
完全に置いてけぼりのおれは、二人の間をぽかんと見つめることしか出来ない。
お世話になったってなんだ。彼女は病気でもしているのか、二人は知り合いなのか。
というか椿さんがお世話してもらう側じゃないのか。
「あ、小鞠くんは乙女ちゃんのこと知らなかったね」
「申し遅れました。はじめまして、わたくしは宮瀬乙女と申します。以前に椿先生と宗一さまにお世話になったことがあるんですの」
落ち着いた微笑をたたえた表情に、どこぞのお嬢様みたいな優雅な口調。
慣れない相手におれは若干たじろいでしまう。
朝凪さんのことを宗一さまと呼び、椿さんのことは椿先生と呼ぶ人だが、やっぱり名家の娘さんだったりしそうだ。
「どうも……。おれは御厨小鞠です。一応、文楽社で働いてる者です」
「お会いできて嬉しいですわ。宗一さまから、よくあなたのお話を聞かせていただくんですのよ」
「そ、そうなんですか」
朝凪さんはどんな話をこの人にしてるんだ。
気になるがあの人のおれの子供扱いを考えると知らない方がいい気がする、多分。
「あの、椿さんと宮瀬さんはどこで知り合いに……?」
ちゃらんぽらんな締め切り破り常習犯と深窓の令嬢人のどこに接点があるというのだ。
「うーん、取材旅行の一環でかなぁ。意図的に探しに行ったわけじゃないんだけど、たまたま気になる怪異の存在を聞いて調べに行った時に現地の村で知り合ったんだよね。色々あって仲良くなっちゃった」
「あの、それ怪しいやつじゃ……」
仲良くってなんだよ。
あんたが言うといかがわしくなる。
「ひどいなぁ。俺はそんな悪い大人なんかじゃないよ」
椿さんはへらへら笑っている。
そういう態度だから疑われるんだぞ。
「椿先生はわたくしを救ってくださったお方ですわ。あの村から帝都へ出てこられたのも、椿先生が宗一さまを紹介してくださったおかげですもの。椿先生に会えなかったら、わたくしは今もあの村に閉じ込められたままでしたもの」
椿さんを庇うように宮瀬さんはそう言うが、一体何があったんだよ、その村で。
別の意味でますます怪しさが増してくる。
椿さんの遠征とやらの中身を詳しく聞かせてもらいたくなってきた。
「椿先生には、本当に感謝しかありまんわ……!」
宮瀬さんはきらきらした無垢な瞳で椿さんのことをうっとりと見つめている。
「おいあんたほんとに何も無いんだろうな?」
「ひどいよ! 乙女ちゃんはちょっと大袈裟なだけなんだよ!」
大袈裟と言われて気づいたのか、宮瀬さんはこほん、と仕切り直すように咳払いをする。
「ともかく、そういうことですので椿先生には大変お世話になったんですのよ。また後日、改めて伺わせていただきますね」
「急がなくてもいつでもいいんだよ。暇な時に遊びにおいで」
「しばらくの間はここで働かせて頂く予定ですので、椿先生も御厨さんもまたいつでもいらしてくださいね」
ぺこりと頭を下げた後、宮瀬さんは仕事に戻っていく。
いつの間にかそれなりに時間が経っていたらしい。
アイスコーヒーの中の氷はすっかり溶けてしまっていた。




