第17話-3 日本列島は今日も曇り
逃げられるように、俺は前置きをする。
「ナガト、こんなことを聞くのはこれで最後かもしれない」
「何の話かしら」
「今、誰の真似をしている?」
「あっはっは! 大丈夫! 私の変な話し方に気付けたから、あなたはそれだけで生きる価値があるのよ。今なら、さっき見せた紙に何と書いているか読めるでしょう」
ナガトは先ほどの通知文をまた俺に見せた。
さっきの俺は文章も読まず、除隊を勧める彼の言葉に誘導されていたようだ。
今、灰色の瞳が震えなくなった俺は、書かれていた文字が読めた。
これ、除隊命令ではない。ついでに、正式な通知文ですらない。
俺も見たことがある休暇届の紙だ。しかも俺の名前で勝手に受理されている。
怪訝な顔になり、俺は口を開く。
少年のような笑み、ナガトの強引な話し方は、なつかしい感じがした。
大学生のノリだけど、もっと以前の空気を感じる会話になっている。
「ただの休暇届じゃないか。俺は書いた覚えがないんだけど」
「さぁ、合法的に軍から脱走できるわよ。もちろん、私も付き合うわ。というか、私に付き合いなさい」
「で、どこへ行くんだ? 終末の目的地は?」
「終末日本の旅ね。湖の奥地、所沢にある良いところよ」
埼玉の所沢。湖があるというので、狭山の方だろう。
どうして、そこへ行くのか。そして、利根川を越えるというのは、自警団が治安維持するエリアを通るということだ。
すごく意地悪い笑み、昔のナガトの顔をしている。軍隊を目指す前、オネエ口調になる前、あの頃のナガトはこんな感じだった。
「イツキ、私たちはただ遊びに行くんじゃない。これからの自分を探しに行くんだ」
「夏休み最後の日みたいな顔で言うなよ。宿題は終わってんのか、お前」
「宿題は学校が始まってから1週間で終わらせる。今は、私のおじいちゃんに会いに行く方が優先なの!」
「あぁ、だから所沢か。あの小難しい話をする、狭山のじいさん、まだ生きているのか」
「まぁねぇ。うちのじいさん妖怪だから、天変地異ごときじゃ消えないのよ」
なつかしい感じの正体だ。
10年前、小学生のころの夏休みを俺は思い出した。
狭山の湖の奥地には、ナガトの祖父が住んでいた。
夏休みのある日、姉と妹の間でウンザリしていた俺を、従兄のナガトは彼の祖父のところへ避難させてくれた。
姉妹喧嘩の後で、アヤセ、ユウナの2人がそれぞれ、頭を冷やす時間が必要だった。あの時、俺だけが助かったわけじゃないと思う。
だから、あの場所は上手く行かなかった夏を秋へ進めるために、俺が訪れた場所だった。
今も行ける場所っていうのは、心が弱っていた俺にはうれしい話だった。
思い出すのは、火と熱気、それに静かな湖畔の景色だ。
雲峰翁は、世俗から離れた隠者であったのは間違いない。
あれ、何の工房だっけ。
今のナガトが、答えの一部を口にした。
「忘れたの? 私のおじいちゃんは、現代に何人かしかいない刀工のうちの1人なの」
「じゃあ、俺の日本刀を供養してくれるのかな」
「私じゃ、答えを出せないけど、刀の専門家なら何か知ってそうじゃない?」
「丸投げかよ!」
「そうよ、丸投げ~!」
冗談を言うナガトが、俺のために考えてくれたのだ。
ナガトだって、今、心の余裕がないだろうに。
俺の渇いた心は、同じ時代で生きる彼がくれた水を吸って生き返った。




