94.適材適所
ハス・トゥール聖教団は、エクラタン王国でもっとも勢いのある宗教だ。
各領地にはいくつもの教会が建てられていて、私たちのホームグラウンドであるナイトレイ伯爵領にも二、三箇所あるらしい。信仰系には前世でも今世でも無縁の私に、ララが教えてくれた。
ちなみにハス・トゥールとは空と海の神様で、髭もじゃおじさんといった王道ビジュアルで描かれるのが定番なのだとか。偉い神様=おっさんという方程式は、どの世界でも共通しているのかもしれない。
そんなハス・トゥール様は創造神でもあり、何もない原初の闇から、まず『二つの青』を作り出したのだという。
ずばり、空と海だ。弘法大師かな?
突然変異で生まれた人類に地上を丸投げした後は、天界から高みの見物……もとい、温かく見守ってくださっているらしい。
うん、いかにも安定した人気が見込めそうな設定だわ。多分、この辺りもエリファスが考えたんじゃないかしら。
で、国の中枢である王都には授名の儀式を執り行う神殿の他にも、教会がいくつか点在している。
その数、三十箇所以上。
「何か多くない!? コンビニ並みに乱立してるじゃないの!」
カーテンが閉め切られた馬車の中に、私のツッコミが響き渡った。向かい側に座っていたララがきょとんと首を傾げる。
「コンビ……ニって何ですか?」
「雑貨屋みたいなお店よ。ごはんも飲み物もお菓子も本も下着も煙草も売ってて、トイレも貸してくれるの」
「万能すぎる……うちのおじいちゃんとおばあちゃんが見たら、多分びっくりして心臓発作起こしそう……」
ララは興奮を通り越して、恐怖で青ざめていた。ショッピングモールという名のコンビニの上位互換に関しては、また次の機会に話すことにするか。今ここでララに卒倒されたら困るし……。
「私にしてみれば、王都にそんなにたくさん教会があることの方が衝撃的だったんだけど?」
「教会と言っても、全部が全部立派な作りをしてるわけじゃないですよ。熱心な信者さんたちが空き家を勝手にリフォームして教会にしちゃったって話もあるみたいですし」
建築基準法違反ッ!!
とはいえララの口振りからすると、教えもマナーも相当緩そうだ。
ガッチガチな戒律で縛られるより、ゆるふわな方が庶民も親しみやすくていいのかも。
エリファスとしてはあくまで計画のために用意した『装置』に過ぎないだろう。けれど、当の民衆にとっては、もう生活の一部として切っても切り離せない身近な存在になっている。
まあ、そんなところに私たちは今から潜入しようとしているのだが。
話は数日前。つまり、第一回エリファス対策会議にまで遡る。
「この教団に、エリファスが潜んでいる可能性は高い。そして恐らく身を隠しているとしたら、王都第二西部教会だ」
何のこっちゃ。ラヴォント殿下の口から告げられた建築物に、私は頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
反応に困っている私を察してか、写し狐が補足を入れてくれる。
「そのまんまの意味で、王都の西のエリアに二番目に作られた教会ってことだよ。大通りにある第一教会に比べると、ちょっと陰が薄いけど……」
「エリファスの根城が聖教団だと目星をつけた私と写し狐は、各地の教会を虱潰しに調べていた。その結果、妙な噂を掴んだのだ」
「噂?」
何かスパイ映画の話みたいになってきたな。ラヴォント殿下の言葉に、私は首を傾げた。
「何でも、第二教会の地下には『天界』に続く入口があるらしくてな。ハス・トゥールとやらは、そこを通ってこの世界に現れた……とまことしやかに囁かれているらしい」
「地下に天界の入り口って……地獄の間違いではありませんの?」
「……そうなのか?」
私のツッコミに、目をぱちくりさせるラヴォント殿下。
この辺りの感覚は、やっぱり私たちの世界と少しズレてるのかもしれない。
すると、カトリーヌが素朴な疑問を口にした。
「しかし、もしその言説が本当であれば、第二教会はもっと聖地として崇め奉られていてもいいはずです。それなのに、何故秘匿されているのでしょうか?」
「エリファスが意図的に噂を操作して、人々の関心を逸らしたのだろう。居場所を特定されるのを警戒したのかもしれないが、いずれにせよ、ここには絶対に何かある。だから写し狐が教会の人間に変身して潜入しようとしたのだが……」
ラヴォント殿下がこめかみをトントンと叩きながら、チラリと写し狐に視線をやる。当の写し狐は、がっくりと机に突っ伏したまま頬をテーブルに押しつけていた。
「あそこ、魔力避けの結界が張られてるみたいでさぁ。中に入ろうとした途端、術が解けちゃったんだよ~……」
「魔力が無力化されるとなると、私が『夢幻の鏡』で姿を変えて潜入するのも難しい。どうしたものかと頭を悩ませていたところなのだ」
確かにそれは由々しき事態だ。ラヴォント殿下が堂々と入ったら、大きな騒ぎになるだろうし。
「殿下、私が行きましょうか?」
「いや。プレアディス公爵も広く顔を知られているので、得策ではないだろう。同じ理由でナイトレイ伯爵夫人も却下だ」
おっと、これは手詰まりの空気が漂ってきた。
「うむ……魔力を一切使わない変装術に長け、なおかつ素顔が割れていない者。そんな都合のいい人間がいればいいのだが、そう簡単には見つか……」
ラヴォント殿下の言葉がふいに途切れる。
途端、私とカトリーヌは弾かれたように一人の人物に視線を向けた。
「……………………はい?」
ララはポカンとした表情で自分を指差した。
み、見つかった……ここに適材適所の人材がっ!!




