95.おおおおん!?
とまあ、そんなわけで急遽ララが件の教会に単身で潜入することになったのである。
「でも、本当に私に任せちゃっていいんですか!? 料理掃除洗濯は完璧にこなせますけど、密偵の経験なんてありませんよ!?」
「あったら怖いわ」
思わぬ形で大役を担うことになって、流石のララも少し不安そうに見えた。
気持ちは痛いほど分かる。私たちの仲間入りを果たして、最初の仕事が「ラスボスが潜んでいるかもしれない教会の地下に忍び込む」だもんね。およそ、ちょっとやそっとの荷の重さではない。
しかも現在この馬車が向かっているのは、第二西部教会がある方向なのだ。
「ララ、やっぱり不安なら辞退してもいいのよ? ラヴォント殿下もカトリーヌ様も責めたりしないわ」
ハムスターに変身したララがこっそり地下に潜り込み、中の様子を偵察してくる。それが今回の作戦内容である。
きっかけはシャルロッテの魔法とはいえ、ララの変身能力は魔力が一切関係ない体質的なものだ。魔力封じの結界が効かないし、教会の人間の目も簡単に掻い潜れると思う。ただの小動物が警戒されるはずがないしね。
だけど、もしエリファスと鉢合わせるようなことがあったら。
リリアナのためなら手段を選ばない男だ。何をされるか、分かったものじゃない。
私としては、ララに危ないことをして欲しくないんだよね。
「うーん……お言葉に甘えたいのは山々ですけど……」
ララは眉間に皺を寄せて唸っていたが、やがて吹っ切れたように大きく首を横に振った。私を真っ直ぐに見据える瞳には、力強い意志の光が宿っている。
「やっぱり、エリファスにこれ以上好き勝手されるのは腹が立ちます。私たちの人生を利用されるなんて真っ平ごめんですから。私にできることなら、何だってしますよ!」
「……そっか」
「それにネズミの姿でも役に立てるって証明しないと、たまに自分の体質が悲しくなっちゃうんで」
「…………そっか」
ハムスター形態でもわりと活躍しているような。
だけど、ララの虚ろな目を見ていると何も言えなくなってしまった。実は結構気にしているんだろうな……。
重苦しい空気の中、私はカーテンの隙間から窓の外をそっと覗き見た。
前方にいかにもな建物を発見。
真っ白な屋根に、小ぶりな尖塔がちょこんと乗っかっている。
「それじゃあ、私はこの辺りで降りますね。あんまり近づきすぎると、馬車を見られちゃうかもしれませんし」
「気をつけてね。何かあったら、なりふり構わず爆速で逃げるのよ」
いついかなる時でも、いのちだいじに。
ララは馬車から軽やかに下りると、両手を腰に当て、気合十分といった様子で私を見上げた。
「では、行ってきますね。狐さんも、奥様をお願いします」
「はーい。頑張ってねー」
馬の手綱を握っていた御者が、羽のように軽いノリでララにエールを送る。言うまでもなく、その正体は御者に変身した写し狐だ。
今回の作戦は極秘中の極秘。私たちの暗躍を周囲に悟られるわけにはいかない。そこで写し狐が王城の馬車を一台、勝手に拝借したのである。しかも外装がちょっとボロめな予備の予備みたいなやつ。
「このポンコツ神獣に御者なんて務まんの?」という不安はあったけれど、どうやら馬を操るのではなく、直接話しかけて指示を出しているみたいだ。
「頼んだわよ、ララ……!」
私と写し狐が見守る中、ララが物陰から物陰に、さささっと素早い動きで移動していく。通りがかった散歩中の犬が、「何だこいつ」という目でララを凝視している。飼い主の方も「何だこいつ」と生温かな視線を向けている。
教会に辿り着く前に、巡回中の憲兵にとっ捕まったらどうしよう。
でも、ここはララを信じて待つしかない。馬車を道の端に寄せ、私はただ時間が過ぎるのを待っていた。
「あ、ナイトレイ伯爵だ」
「え?」
御者台から聞こえてきた呟きに、反射的にカーテンの隙間に目を向けた。
すると、少し離れたところに停めてある馬車の傍らに、私の旦那が立っていた。
あんなところで何してるの? と思っていたら、見知らぬ女性がシラーに手を取られ、エスコートされて馬車から降りてきた。
……おん?
そして二人は何やら親しげに言葉を交わしながら、お洒落な外観のお店へと吸い込まれていった。
おおおおん!?




