89.存在意義
四苦八苦しながらも、私の世界について語り続けること三十分。ララたちは頭の上に大量のクエスチョンマークを飛ばしていたけれど、どうにかこうにか納得してくれたみたいだ。
電気を魔力エネルギーに、電化製品を魔力で動く魔導具に例えて話すと、案外すんなり腑に落ちたらしい。
この話題に一番食いついてきたのはカトリーヌだった。
「そのカデンとやらは、馬車にまで応用されているのか?」
「乗り物はガソリンという油を使って動かすのが主流でしたわ。電気で動くものも開発されてはいましたけれど、私が生きている頃は、まだ一般的ではありませんでした」
遠い未来はどうなっているのか、分からないけれど。もしかしたらSFの世界みたいに、空飛ぶ車なんてものも誕生しているかもしれない。
もっとも、私があの世界で長生きしたとしても、そんな時代を拝めるのはずっと先の話だったと思う。
「すごすぎる……奥様の世界って、こっちとは住む次元が違うんですね。誰でも魔導具が使い放題なんて、まるでおとぎ話ですよ」
「うむ……もし我が国にも『カデン』があれば、民たちの暮らしは今よりもずっと豊かになるだろうな」
ララとラヴォント殿下は、感動を通り越して、もはや引き気味というか圧倒されている様子だった。確かに、科学技術の恩恵にどっぷり浸かっていた頃と比べれば、こっちでの生活に不便を感じることは山ほどある。
シャワーもねぇ、エアコンもねぇ、冷蔵庫なんて見たことねぇ。スマホもねぇ、ネットもねぇ、馬車で毎日ぐーるぐる。
おらこんな世界いやだぁ……と絶望しなかったのは、思い出したタイミングが奇跡的に良かったからだ。もし飯炊き女としてレイオンにこき使われていた真っ最中だったら、精神を病んでこの世とおさらばしてたかもしれない。
「ところで、その……奥様はどうして前の世界でお亡くなりになったんですか?」
「えっ、えーと……なんか、すっごく重い病気にかかっちゃって……」
ララがしんみりとした顔で聞いてくるものだから、私は咄嗟に死因をでっち上げた。ブラック企業で心身ともにボロ雑巾と化していた時にトラックに跳ね飛ばされたとは、ちょっと言いづらい。そんな悲惨な死に様を告白したら、部屋の空気が一瞬でお通夜状態になってしまう。
「わ、私の最期はどうでもいいから、本題に入りましょう!」
私はパァンッ! と勢いよく手を叩いて、強引に話題を切り替えた。
「私がエクラタン王国を知ったきっかけは、『マジラブ』という名前の乙女ゲーでしたの。乙女ゲーというのは、簡単に言うと疑似恋愛をテレビで体験する遊びですわね。物語の中に自分の分身を登場させて、たくさんの素敵な男性の中から相手を選んで、仲を深めていく過程を楽しむのですけれど……」
そこまで一呼吸で語り終えたところで、私は室内の空気が妙に重苦しいことに気づいた。何やら全員私をお労しそうな目で見ている。
「ナイトレイ伯爵夫人、つまりそれは実在しない相手と恋に落ちるということか? 個人の嗜好に口を挟むつもりはないのだが、その、何というか……少しばかり、虚しさを感じるような……」
なんてことを言うんだ、この王子は!
「そ、そんなことありませんわ! 確かに相手は絵と声ですけれど、その中には夢と理想がぎゅぎゅっと詰まっていますのよ! 虚しいどころか、私にとっては明日を生きる活力を養うための大切な『心の栄養剤』でしたもの!」
「うむ、そうだな。夫人はそのマジラブとやらのおかげで、我々のことを知っていたわけだ」
私の熱弁をさらりと受け流し、ラヴォント殿下が強引に話を軌道修正する。これ以上語るとただの痛いオタクになるところだったので、私もこれ幸いと口を噤む。
今大事なのは乙女ゲーの存在意義ではなく、マジラブとエクラタン王国の関連性なのだから。
「はい。その物語ではラヴォント殿下だけではなく、メテオール様やクロード様、それにネージュも主要な登場人物でしたの。物語を動かす主役級の扱いでしたわ」
「メテオールとネージュが?」
二人の名前に、カトリーヌが食いつくように反応する。自分の息子と姪が物語のド真ん中にいるというのだから、無理もない。
「ん? メテオールはともかくネージュは女だぞ。まさか同性愛も網羅していたのか?」
「いえ、少なくとも作品の中では、ネージュは少年として扱われていましたわ。ただ、声が中性的でしたし、衣装も露出の少ないものばかりでしたから、千年前のネージュも本当は女の子だったのかもしれませんわね」
これに関しては、私がこの世界に来て一番腰を抜かした事実だった。復讐に人生を捧げるクール系美少年が、まさか幼少期は可憐なお嬢様だったなんて。公式の隠し設定にもほどがある。
「ちなみに殿下やメテオール様は、マジラブではどういった人物だったんですか?」
ララが興味津々な様子で尋ねる。
「殿下はクールビューティーな正統派王子様で、メテオール様は質実剛健なムキムキマッチョでしたわね。地上に舞い降りた天使二号のクロード様も、最初は兄貴クリソツのカス野郎でコントローラーぶん投げたくなりましたし」
「もはや別人じゃないですか。いや、別人ですけど」
「ム、ムキムキ……」
筋骨隆々な息子の姿を想像したのか、カトリーヌが何とも言えない表情で固まってしまった。写し狐も無言で殿下を凝視している。
すると、クールビューティーもとい快男児プリンスは思案顔で私にこんなことを聞いてきた。
「ちなみに、母上についてはどうだ? 何か違いはあったか?」
「ええと。本当に包み隠さずはっきり申し上げてよろしいのですか?」
「ああ、そなたの率直な意見が聞きたい」
「……そりゃもう、悪鬼羅刹の如く怖かったですわ。リラ王妃に社会的地位を奪われるのは序の口で、物理的に消し去られる結末も珍しくありませんでしたし」
許可が取れたので、私は身も蓋もなく答えた。特にラヴォント殿下のバッドエンドには大体彼女が絡んできたな……。
「そうか。では父上は?」
「全然違いますわ。ゲームの中では暴君として恐れられていましたけど、私がお会いした陛下は気さくな方ですもの」
「プレアディス公爵については?」
「カトリーヌ様は……出番こそ少なかったですけれど、おそらく違いはないと思いますわ」
眼光の鋭さも、きりっとした口調もマジラブそのものだもんね。
「奥様、私はどうですか!?」
「期待しているところ悪いけれど、ララは登場しないのよ」
私がはっきり告げると、ララは目に見えて肩を落とした。けれど、何かに気づいたように、勢いよく顔を上げる。
「でも、ちょっとおかしいですよね」
「え?」
「殿下たちは中身が入れ替わったみたいに別人なのに、どうして一部の大人はマジラブの性格のままなんですか?」




