88.第一回エリファス対策会議
とろりと溶けたバターと蜂蜜が混ざり合い、美しいコントラストを描く。
極上のソースを吸い込んだパンケーキは、ふっくらとして柔らかい。バターの風味と蜂蜜の濃厚な甘さがじゅわりと溢れ出し、口いっぱいに広がった。
口の中が幸福感で満たされ、これはいけないと紅茶を一口。すっきりとした茶の香りが、口に残る甘みを優雅に洗い流してくれる。
余韻をリセットして、すぐさま再びパンケーキを頬張る。
四人と一匹、みんなで心ゆくまで堪能したところで、楽しいおやつタイムは終了した。
「ふわぁ……」
お腹が満たされて眠くなったネージュが、こくりこくりと船を漕ぎ始める。
「おかあさま、だっこなの」
「ネージュ、眠いのであれば私のベッドを使うといい」
私に手を伸ばすその姿を見て、ティーカップ片手にラヴォント殿下が穏やかな声で言った。
「いえ、恐れ多いですわ。私が部屋へ連れていきますので」
「気にするな。そなたには色々と世話になっているのだ。これくらい構わん」
では、お言葉に甘えまして。
殿下の厚意をありがたく受け入れ、私はネージュを抱きかかえて奥のベッドへと運んだ。寝台に横たえると、ネージュはすぐに規則正しい寝息を立て始めた。
天使のような寝顔をいつまでも眺めていたい。けれど、後ろ髪を引かれる思いをぐっと堪えてテーブルに戻った。
ララが手早く食器を片付けられ、ラヴォント殿下とカトリーヌ、そしてリラ王太子妃に変身した写し狐が神妙な面持ちで私を待っていた。とりあえずカトリーヌの隣に腰を下ろす。
「よし。では、これより第一回エリファス対策会議を始める」
ネージュを起こさないように、ラヴォント殿下はこっそりと声を潜めて宣言した。参加者は私とカトリーヌ……それに、何故かララまでが当然のような顔で席についている。
「あ、あの、殿下。ララが同席していますが、よろしいのですか?」
「ああ。そなたが部屋を出ている間、エスキスでの出来事を凄まじい勢いで問い詰められてな。根負けして、全て話すことにしたのだ」
「……彼女は尋問官に向いているかもしれんな」
カトリーヌが小声でぼそりと呟いたのを、私は聞き逃さなかった。王子を質問攻めで圧倒するなんて、ララさんすごいっす。
感心していると、ララは椅子から立ち上がり、私に向かって深々と頭を下げた。
「勝手な真似をして申し訳ありません、奥様。ですが……私はあなたのメイドですから。どこまでもついていって、ずっとお支えしたいって思っているんです!」
顔を上げて真っ直ぐに見据えてくるララの瞳に、胸をつかれた気がした。自分だって呪いの影響下にあるというのに、いつだって私やネージュのために全力を尽くしてくれている。
前世では親すら頼れなかった私にとって、ララとの出会いはまるで奇跡のようで。
あまりにもありふれた日常になりすぎて、その尊さをすっかり忘れていた。
「そりゃ私にできることなんて、お茶を淹れたりネージュ様のお世話をしたり……あとはネズミに変身して噛みつくくらいですけど……」
「それだけできれば十分よ。これからもよろしくね、ララ」
ララの牙の脅威は、これまでに何度か目の当たりにしてきたから。
「はいっ! ……それはさておき、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「いいわよ、じゃんじゃん聞いてちょうだい!」
どんと来いと、私は自信満々に胸を張った。
「殿下とカトリーヌ様から伺ったんですけど。奥様がこの世界の人間ではないというのは本当なんですか?」
「おっと……」
直球な質問にたじろいで、私は額に手を当てて考え込んでしまった。すると、興味津々といった様子でラヴォント殿下が口を挟んでくる。
「私もエイボン様からそなたは『別の世界から来た』と聞いてはいるが、詳細までは知らないのだ。別世界の住人ということは、別の人生を送っていたのか?」
「うーん……『別の』というより、『前の』人生と言った方が正しいかもしれませんわね」
この世界の死生観ってどうなってるんだろ。生まれ変わりが禁忌だったり、不吉なことだとされていたら大変気まずい。
まあ、ララとカトリーヌの様子を見る限り、その心配はないか。さっきから「そこんとこ詳しく」と言わんばかりに、好奇心に満ちた目でこっちを見てるし。
「それと『げぇむ』とは何なのだ? エイボン様にお聞きしても『声と絵がついている小説のようなもの』としか返ってこなくてな。いつか、そなたに聞こうと思っていたのだ」
さては館長、説明が面倒臭くなって適当なことを言ったな?
とはいえ、私が千年前のエクラタンを知っていた理由を説明するなら、避けては通れない質問よね。
だけど、異世界の人にゲームなんてものをどう噛み砕いて伝えたらいいものか。芋づる式にテレビとかの話までしなきゃいけないとなると、私の知識と語彙力では限界がある。
いや、早々と諦めるな。信じろ、私の頭脳を……ッ!
「ええと……まず、私の世界には電気と呼ばれる何かすごいエネルギーがありまして……」
しどろもどろに説明を続けながら、私はこの百倍は複雑な理論を淀みなく語れる科学者たちに尊敬の念を抱いた。




