87.食性
料理長とクロードの交流にほっこりしつつ、パンケーキをおすそ分けしてもらうことになった。
厚めに切り分けられたバターにたっぷりの蜂蜜。仕上げに添えられたミントの緑が、散りばめられたベリーの赤によく映える。
喫茶店で十分にお金を取れるクオリティーだ。
「ベリーは庭園で採れたものなんです。私が育てているんですが、甘酸っぱくてデザートの材料に重宝しているんですよ」
「そうでしたのね。色も形も綺麗だし、とっても美味しそうですわ」
「アンゼリカ様も、もしお入用の時はいつでも仰ってください」
「ええ。その時は是非よろしくお願いします」
ベリーは果物の中で一番使い勝手がいい。
焼き菓子の具材にしてもよし、ペースト状にしてババロアにしてもよし。お肉との相性もいいので、ソースにも使えるオールラウンダー選手だ。
「それでは、失礼しますわね」
「あ、あの、アンゼリカ様」
厨房を去ろうとする私を、クロード様が控えめに呼び止める。
「もしよろしければ、今度お料理を教えてもらえませんか? ハニーマスタードの他にも、アンゼリカ様が作るお料理をもっと知りたいんです」
「もちろんですわ。その時はご一緒に作りましょうね」
「はいっ!」
私の言葉に、クロード様は満面の笑みで頷いた。
素性を隠して保護された時は昏い目をしていたけれど、今は年相応にキラキラと輝いている。
よしよしと頭を撫でてあげて、私は今度こそ厨房を後にした。
人数分のパンケーキを載せたワゴンを押し、ラヴォント殿下のお部屋に向かう。殿下が人払いをしているのか、扉の前に護衛兵の姿はない。
まあ、中にはそこらの兵士が束になっても敵わない炎熱公爵がいるんだもの。警備の必要なんてないか。
「ラヴォント殿下、アンゼリカですわ」
「うむ、入るがよい!」
明朗な声に促され、扉をゆっくりと開ける。
「「お帰りなさいませ、奥様」」
恭しく頭を下げて私を出迎えたのは、鏡に映したように瓜二つの姿をした二人のララだった。
んんっ?
目を見張る私に、ネージュがキャッキャとはしゃぎながら駆け寄ってくる。
「おかあさま、たいへんなの! ララがふたりになっちゃったーっ!」
「そうなのだ。どちらが本物なのか分からず、私たちも頭を抱えているところなのだが、ナイトレイ伯爵夫人は見分けがつくか?」
困っていると言いつつも、席についているラヴォント殿下の口元は僅かに緩んでいる。一方、向かい側に座るカトリーヌは、いかにも「心底悩んでいます」といった風にわざとらしく眉をひそめていた。
ははーん、片方は写し狐か。人間に戻ったララと結託して、私にいたずらを仕掛けているのね。
ララの相方であるフライパンまでもが右往左往し、二人の頭上を不安げにふわふわと漂っている。何この茶番感。
「そうですわね……」
私は二人のララをじっと見比べた。同じ笑顔に、外見は1ミリの狂いもなく同一人物だ。
けれど、この私の目を欺けると思うてか。
私は鋭い眼光を放ち、右側のララをビシッと指差した。
「こっちが本物でファイナルアンサー!」
「えっ、早すぎませんか!?」
驚く右のララを横目に、左のララは白煙を上げて元の狐の姿に戻った。
「バレちゃった~」
「おかあさま、すごーいっ!」
ネージュがぴょんぴょんと興奮気味に飛び跳ねる。
「まさか一目で見抜くとはな……私ですら迷うほど完璧だったはずだが、どこで気づいたのだ?」
「ふふ……私とララが築いてきた絆の力ですわ」
ラヴォント殿下の問いに、私は人差し指をぴんと立てて得意げに答えた。カトリーヌが「おお……」と感心する声が聞こえる。
言えない。
どちらが暴力を振るってきそうか、ヤマ勘で答えたなんて。
「奥様……っ」
口元に手を当てて感極まっているララには、口が裂けたとしても。
さて、唐突なクイズタイムは爆速で終わらせ、お待ちかねのおやつタイム。
パンケーキの皿をテーブルに並べ、飲み物は水差し丸で冷やしておいた紅茶をカップに注ぐ。
「んーっ、あまくてふわふわなの~」
「魔力を消耗したあとの甘味は格別だな!」
嬉しそうにパンケーキを頬張る子供たち。
「そうか、クロード子息がこれを……」
感慨深げな表情で、丁寧にパンケーキを切り分けるカトリーヌ。
「あ、これ料理長が育ててるベリーだ! 甘酸っぱくて美味しいんだよねぇ」
そう言ってベリーを頬張る写し狐を見て、私は密かに納得していた。
どうやら、お肉や乳製品を使った料理は好みに合わないらしい。料理長が「リラ王太子妃がビーフシチューを食べてくれなくなった」と嘆いていたけれど、どうやら理由はこういうことらしい。
狐といえばバリバリの肉食のはずだけれど、神獣となると食性が違うのかも。
まあ、こんなにドン臭い子に狩りなんて到底無理だろうし、この習性に合ってはいるか。




