「神意」1
「神意」1
<救世主派>との対面。
ALに襲われない体質の女。そこに生まれた致命的な誤解。
時宗はそのことに気づいたが……。
***
7月27日 カリフォルニア州 サンフランシスコ
午後9時24分。
「ホリー・ミネルバです。初めまして、日本の皆さん」
「どうも。日本政府職員の福田時宗、こっちは仲間の姜」
「わざわざ遠くから大変だったでしょう」
ミネルバは優しい笑みを浮かべ時宗と姜を出迎える。
場所は市内にある小学校の一室だ。学校を本部にするのはどこも同じだ。学校は色々設備もあり部屋数も多いので備蓄もしやすく、ALに襲われた時も防衛がしやすい。
部屋の中は8人ほど大人がいた。全員拳銃は見えるところに下げている。
その人々の中心に、<救世主派>のリーダー、ホーリー=ミネルバがいた。
聞いていた通り30代半ばだろうか。濃いブロンドの白人女性で派手さはなく質素で大人しい風貌だ。
美人といえなくもないがあまり目立つタイプでもない。正直時宗と姜はこんなに地味な女がリーダーか、と多少驚いたくらいだ。
時宗が日本政府の外交の一端として米国にやってきたというと驚きつつも歓迎してくれた。もっともこの点はシアトルやフォート・レオナード・ウッドが保障しているので<救世主派>も疑わない。
「政府があるってすごいわね。米国はせいぜい大きな共同体が数か所あるくらいだけど、どこも5000人はいないもの。一番大きいのは軍が管理しているフォート・レオナード・ウッドって聞いているけど」
やはりシアトルよりはフォート・レオナード・ウッドとの連携は薄いようだ。ただし一番の組織がフォート・レオナード・ウッドだという事は間違いない。
「外国人はあまり見ない?」
「カナダや南米からやってくる生存者はいるわ。米国までくればなんとかなると思ってやってくるの。シアトルにはカナダ移民が多くいたんじゃないかしら? うちにはメキシコや南米から来た人間が3割くらいいるはずよ」
「大変そうスね」
「以前はそういう移民を区別して仕切っていたけど、今は米国民関係なくここに住んでいるわ」
それは総督が仕切っていた時代か。
総督は治安維持のため移民と米国民を分けて統治していたのかもしれない。
だとすれば移民組は総督をあまりよくは思っていなかったかもしれない。そして移民組がそんなに多いとなれば、<救世主派>はその移民組を味方にしているということか。
その後しばらくなんてことない雑談を交わしていたが、ふと会話が妙な方向に流れた。
言い出したのはミネルバからだった。
「日本がそんなに安全で平和ということは、どなたかALと対話することができたということでしょうか?」
特に重要な質問……という感じではなくさらっと出てきた問いだったため、時宗も考えずすらっと答えた。
「対話かどうかわからないけど、特別なのが二人ばかりいるぜ。一人は<姫様>って呼ばれているし。もう一人はヘンな奴で今は日本にはいねぇーけど」
ユイナの事だ。
そしてもう一人はJOLJUの事だ。
ALの事はJOLJUが色々教えてくれた。もっともアレを日本人とは呼ばない気もするし、そのJOLJUは今はNYにいる。
さすがにJOLJUの話をすると大混乱が起きそうなので、時宗はそれ以上答えなかった。
だがミネルバは時宗の「日本にもいる」という答えに偉く満足した様子で大きく頷いた。
「そうなのです。ALと人類は戦争をしています。ですが相手はどこか遠い星からやってきた高度な科学力を持つ存在」
「そうスね。かなり遠くから来たって聞いてる。銀河系のほぼ反対側からみたい。まぁ宇宙規模だとそこまで遠くないのかもしんねぇーけど。地球は辺境の辺境で遠いとは言っていなかったし」
これはJOLJUが以前言っていた。
旅に出る前……まだ祐次と時宗とJOLJUの三人で物資調達をしていたころだ。その頃JOLJUが自己紹介でそんな話を語っていた記憶がある。
「凄いわ。日本ではそこまで情報があるのね」
「日本は特別だと。ああ、今はそいつ米国に来てるぜ。地球をぐるっと回って東海岸に」
「あら? 日本から東海岸に? 東海岸って事はNY共同体かしら?」
「そうそう。NYにいるぜ、あいつ。今はどこいるかわかんねーけど。あ、これ以上はあいつの消息は知らないんで」
喋っていた途中から時宗も「JOLJUの事は拙いか」と気づいて誤魔化した。別に聞かれて拙い話ではないが間違いなく混乱するし、これ以上の事は時宗は知らない。
「ALの中規模な群れが南から近づいているっていう報告があるけど、我々に敵意がないと知ればALだって襲ってこないはずなの。私たち人類は対話できる相手だと分かれば交渉する方法だってあるはず。何も殺し合うだけが方法ではないでしょう? 私たちが攻撃するからALも攻撃する、そういうものだと思うの」
「それは……」
ミネルバの言葉に、時宗の中で警鐘が鳴った。
ミネルバは致命的な勘違いをしている。いや、思えばこういう考えを起こすこと自体は不自然ではない。
対話と外交、それによる共存……その可能性は過去日本政府だって考えた。
だがAL側からそういうコンタクトは一切なく、ALの攻撃を受けるうちにそんな考えは消えた。そして決定的だったのはJOLJUのAL説明だ。
JOLJUは「あれは生命体じゃなくて生物型の文明破壊兵器。対話できない」と言い、日本政府はその言葉を容れた。
まだJOLJUが神と知る前の話だが、経験がその言葉を裏付けていた。あれは対話相手にならない。
だがミネルバ……<救世主派>はそのことを知らないし、JOLJUの事も知らない。
ALは高い文明を持つ侵略者だと思っている。よりにもよって対話や交渉できる相手だとも。
……もしかして……そういう事かよ……。
ごく少数だが、<BJ>が接触した人間が世界中にいると分かった。
<BJ>はALの存在、その名称をごく簡潔だが教えている。対話可能だとは一言も言っていない。人類は戦う以外道がない。そして人類に英雄が現れて初めて人類に希望が生まれる、それ以外に人類滅亡を阻止する方法はないと言った。それを信じた人間が、世界中で活動している。
もしかしたら……これは英雄の存在だけを伝えたかったのではなく、ALに無駄な幻想は抱くな、という意味もあったのかもしれない。
だがミネルバは<BJ>を知らない。
ALの正体を知らない。
よりにもよって高度文明の異星人だと勘違いしている。
地球人の一般的な思考ではそうかもしれない。相手は遠い宇宙から来た高い文明を持つ存在で、一応生物の形をしている。高い知能があるのでは、と思うのは自然だ。
恐らく今ALという存在を一番よく知っているのは、JOLJUを相棒にしていて宇宙世界側に行った祐次だろう。その祐次の存在も知らず、ミネルバたちは独自の解釈で動いている。
いや……それ以上に問題なのは、ALの中規模の群れが近づいているという情報だ。これはサンフランシスコ市内の生存者も噂をしていた。
中規模は大体1万から5万前後の群れで、大規模な生存者の組織が全面戦争で対処してなんとか撃退できる規模だ。この組織が半分崩壊したサンフランシスコでは迎撃が可能かどうか。
しかも今サンフランシスコを仕切っているのは穏健派といっていい、ALとは対話で戦いが回避できると信じているミネルバだ。
……こりゃあ思っていたよりこいつらヤベぇーぞ……。
ALの認識がミネルバの思い込み通りで中規模侵攻がくれば、生存者は全滅する。
彼女は恐らくユイナ同様ALに襲われない体質なのだろう。それ自体はあり得るとJOLJUも言っていた。彼女は根は好戦的ではなく、平和が好きなのだ。そしてそれを信じる一派が共同体を牛耳っている。それが過ちであるという真実を受け入れる事ができない一派……いや、戦い疲れて洗脳されているといったほうがいいかもしれない。
これが大きな過ちだと、時宗たちは分かっているが、それを口に出せるような雰囲気ではない。それが問題だった。
「神意」1でした。
<救世主派>という名前、ややこしいですね。
この世界の英雄であり救世主は祐次で間違いないんですが、ミネルバも救世主を名乗っているのでごっちゃになりそうです。
人間としては別に極悪人ではなく、むしろ平和を愛する気持ちなどは強そうなのですが、致命的な勘違いをしている点が問題です。
そう、ALと対話はできません。
するとすればALを使役しているロザミアが相手ですね。
ただしロザミアはエダと祐次以外の地球人の価値を認めていないので到底そんな対話はできませんし、そもそもエダの周囲以外に姿を見せることもありません。
むしろ<サムライクルセイダーズ>の括りで言えば総督はこっちになり、こっちを祐次グループだと仮定すれば、こっちのほうがALと交渉可能勢力であるといえなくもない?
この両者が敵対しているあたり問題を複雑にしています。
何よりJOLJUが未到達地域というのが大きいです。JOLJUが立ち寄っていればそのあたりの情報を残したりするのでこういう問題は起きないですが……しかしもう手遅れなくらいミネルバたちは自己主張を信じ切っていますから、JOLJUが仮に現れて進言しても信じないでしょうね。恐ろしいのは平和を信望する宗教化した人間なんです。
なんとなく危険を感じた時宗の予感。
そして次回は拓が総督と出会う、です。
これからも「AL」を宜しくお願いします。




