◆ 幕間 師匠への報告(一)
師匠。今日も面倒なことばかりだった。
夜の工房で、へこんだ古い工具箱のふたを開ける。あんたが使ってたやつだ。油と鉄の匂いしかしないのに、仕事が終わるとこれに向かってしゃべる癖がついた。十年経っても直らん。返事がないのは知ってる。
まず、帳場の話だ。あの令嬢、まだ毎日来てる。俺の机に座って、勝手に帳面に線を引いてる。おかげで預かった品がどこにあるか、全部分かるようになった。迷惑な話だ。あんたの字が残った古い帳面まで、きれいに並べやがった。
今日は鷲の旦那が来た。本人が杖をついて坂を上ってきたんだ。あの令嬢は怖いくせに、先に外へ出た。指先が真っ白だったぞ。本人だけが気づかれてないと思ってる。帳面の数字にはうるさいのに、自分のことは見えてないらしい。
ギルドのヴィクトルってやつもいた。気取った服を着て、師匠の印を見た途端に顔色を変えた。銀の継ぎ方も見抜きやがった。師匠、あいつの師匠に何をした。……聞いても答えないか。
蓋は直る。だが石が三つ、まだ一つも削れてない。十日なんて言うんじゃなかった。あの令嬢は信じて毎日来てる。……今のは聞かなかったことにしてくれ。
真珠は売りに行く暇がない。布に包んで、引き出しに入れてある。暇がないだけだ。
小刀を手に取る。入口の机の鉛筆は、先が丸くなってた。あれじゃ字が太くなって帳面が読みにくい。俺が困るから削る。それだけだ。
工具箱のふたを閉め、削り終えた鉛筆を机の真ん中へ置く。少し考えて端へ寄せ、それから、やっぱり真ん中へ戻した。




