第9話 十日目
侯爵が工房を訪ねてきた翌日、入口の机に、見慣れないほど細い鉛筆が置かれていた。
正確には、見慣れた鉛筆のはずだった。昨日まで私が使っていたもので、軸の端には、うっかり机から落としたときについた小さな傷もある。ただ、丸くなっていた先が針のように削られ、机の真ん中にまっすぐ置かれていた。
春の光が窓から差し込み、木の机に鉛筆の細長い影を落としている。私は外套を脱いで椅子の背に掛けると、まずそれを手に取った。新しい木肌は明るい色をしていて、削ったばかりのように滑らかだった。
「ミア、この鉛筆、削ってくれたの?」
「いいえ、あたしではありません。お嬢様が昨日、ここへ置いていらしたものですよね。ピップじゃないでしょうか」
窓際で布を絞っていたミアが首を振る。ちょうど部品の包みを持って戻ってきたピップにも尋ねたけれど、あの子は目を丸くした。
「おいら、鉛筆なんか触ったことねえよ。削るなら、親方の小刀を借りないといけないし」
となれば、残るのは一人しかいない。奥の作業台へ目を向けると、カイさんが銀色の小さな部品をつまみ、拡大鏡越しに眺めていた。
「カイさん。もしかして、こちらの鉛筆を削ってくださいましたか」
「知らん」
顔も上げずに返事があった。作業台の上では、細い刃が金属に触れる音がしている。私は鉛筆を見下ろした。先だけでなく、木の削り目まで丁寧に揃っている。
それなら、この工房には夜中に鉛筆を削って回る妖精が住んでいるのだろう。妖精の仕事を帳簿のどの欄に記録するべきか、少し迷ったけれど、ひとまず鉛筆はありがたく使わせてもらうことにした。
ただ、その日の私には、もっと気になることがあった。
カイさんが、起きている。
いつもなら、昼の鐘を聞いて坂を上り、青い扉を開けると、まず奥の長椅子に毛布のふくらみを見つける。ところが今日は、長椅子の上で毛布がきちんと畳まれていた。カイさんは拡大鏡をはめたまま作業台に向かっていて、右側にはねがちな髪まで、珍しく落ち着いている。
扉の紙には、相変わらず『起こすな』と書いてある。起こす相手が見当たらないので、私はしばらくその紙とカイさんの背中を見比べてしまった。
「お嬢様、あの職人さん、もう起きていらっしゃいますね。雪でも降るんでしょうか」
「ミア、聞こえるわよ」
小声でたしなめたものの、私も同じことを考えていた。外には柔らかな春の日差しが満ちていて、雪どころか、坂を上る途中で少し汗ばむほどだった。
私たちの声が届いたのか、カイさんが顔を上げる。
「さっきから何を騒いでる。帳場の仕事があるなら、そっちをやってくれ」
「はい。失礼いたしました」
私は慌てて机へ戻り、帳面を開いた。鉛筆の先は驚くほど滑らかに紙を走り、昨日よりも細く、読みやすい字が書ける。少し嬉しくなって、同じ欄を二度確かめた。
翌日も、その次の日も、カイさんは昼過ぎには起きていた。工房を訪れるたび、作業台には新しい白い粉が増え、入口の鉛筆はいつの間にか尖っている。けれど、長椅子に毛布が広げられるところを、私はほとんど見なくなった。
◇
星時計の蓋は、いつの間にかきれいに直っていた。
割れた星図の線に沿って細い銀が流され、昼の光にかざすと、そこだけがかすかに違う色を返す。指を触れずに眺めていると、あの夜、大理石の床に落ちてひびが入ったことが嘘のようだった。留め金もきちんと閉まるようになり、開閉すると小さく澄んだ音がした。
ただ、文字盤の七つの石のうち、最後の三つはまだ暗いままだった。
カイさんは、その石を朝から晩まで削っているらしい。私が工房にいるあいだも、他の修理を頼まれた品がなければ、ほとんど作業台から離れなかった。小さな魔石を台に固定し、細い刃を当てて、少しずつ表面を整えていく。石の角度を変えるたび、窓の光が刃先で細く揺れた。
私の机からは、カイさんの背中がよく見える。時折、彼が椅子を引く音や、工具を置く金属音が混じるけれど、そのほかは壁の時計たちがばらばらに時を刻んでいた。
その静けさを、ときどき、乾いた小さな音が破った。
ぱち、と何かの弾けるような音がすると、カイさんの手が止まる。次に聞こえるのは、細かな粉を払う音だった。私は最初、削るときにはそういう音がするものだと思っていた。けれど、同じ音が日に何度も続くので、少し気になり始めた。
理由を知ったのは、部品屋から届く請求書を整理していたときだった。
ピップが工房へ運んでくる紙には、細かな部品の名前と数、それぞれの値段が並んでいる。カイさんは受け取ると工具の隣へ置いてしまうので、私は毎日、工房の帳面に書き写すことにしていた。支払った金額だけでなく、何をいくつ買ったのか分からなければ、在庫の計算が合わなくなるからだ。
その日の請求書を重ねているうちに、私は手を止めた。
刻石が、一昨日は三つ、昨日は五つ。今日届いた分まで足すと、合わせて十一個になっている。星時計で光を失った石は三つなのに、必要な数の三倍以上を買っている計算だった。
私は書き間違いがないか、前の頁まで戻って確かめた。日付も数も合っている。毎日きれいに整えてきた帳面が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
顔を上げると、カイさんはちょうど石を新しい台へ固定し直していた。指先は黒く汚れ、やすりの横には、もう使えなくなったらしい白い欠片が一つ転がっている。
私は席を立ち、頼まれていた紙を取りにいくふりをして、作業台のそばを通った。そのとき、足元の屑入れが目に入った。
底には白い粉が薄く積もり、その上に砕けた石の欠片がいくつも混じっている。窓から差し込む光を受けて、欠片の端だけが細かく光っていた。カイさんが顔を向けたら、のぞき込んでいたことが分かってしまう。私は慌てて視線を戻したけれど、そこで低い声が聞こえた。
「……師匠。ここ、どう削ってたんだ」
カイさんは石を目の高さまで持ち上げ、角度を変えて見つめていた。返事をする人は、工房のどこにもいない。それでも彼は少し考えてから、独り言の続きをこぼす。
「教え方が雑なんだよ。……もう一度見せてくれりゃ、分かるのに」
亡くなったお師匠様に話しかけているのだろう。先日の一等職人が訪ねてきたあとも、カイさんは師匠のことを何も話さなかった。私がここで尋ねても、答えにくい話かもしれない。
私は紙を持って自分の席へ戻り、帳面に『刻石、十一個』と書き込んだ。その数字の隣に何か書き足そうとして、鉛筆が止まる。
無駄な買い物を責めたいわけではない。星時計を直すために必要なら、費用は払うつもりだ。ただ、石の欠片が増えるたび、カイさんの顔から少しずつ余裕がなくなっていくように見えた。
「大丈夫ですか」と聞けば、きっと「大丈夫だ」と返ってくる。あの人のことを、まだそれほど知っているわけではない。それでも、そのくらいは分かるようになっていた。
私は帳面の端を指で押さえた。買い入れの欄は埋められても、カイさんが何を考えているのかまでは、数字にして残せない。
そのとき、工房の扉が元気よく開いた。
「カイ兄、パン持ってきたよ!」
ネルが、両腕で抱えた包みを胸に押しつけながら入ってきた。パン屋の娘で、少し前にお祖母様の形見のオルゴールを直してもらった子だ。包みの端から温かな湯気と焼きたての匂いがこぼれ、さっきまで石の粉ばかり見ていた工房が、急に明るくなった気がした。
「お父さんが、お昼の分だって。……あれ、カイ兄?」
作業台まで駆け寄ったネルは、カイさんの顔を下からのぞき込み、目をぱちぱちさせた。カイさんの目の下には濃い影ができていて、髪も今朝ほどきちんとはしていない。
「お化けみたいな顔してる」
「お化けはパンを食わない。そこに置いとけ」
「じゃあカイ兄は食べるんだよね。お父さん、温かいうちに食べてって言ってたよ」
「ああ。あとで食うから、そこに置いといてくれ」
ネルは少し不満そうに唇を尖らせたけれど、丸パンを作業台の隅へ並べた。まだ白い粉のついた指で包みを畳み、私の机まで戻ってくると、こっそり顔を寄せてきた。
「リナおねえさん。カイ兄の『あとで』はね、だいたい明日なんだよ。だから、食べてなかったら言ってね」
「そうなのね。教えてくれてありがとう。気をつけて見ておくわ」
帳場の仕事が、また一つ増えたらしい。もっとも、食事の時間を管理する欄はまだ作っていない。必要なら考えなければと思いながら作業台へ目を戻し、私はそこで初めて、カイさんの指先をよく見た。
古い火傷の痕の上に、新しい赤い傷が増えていた。いくつかは小さくふくらみ、一つは皮が破れて、指を曲げるたびに痛そうだった。魔石は削ると熱を持つのだと、以前ピップが教えてくれたことがある。あの細い刃を握る指先で、毎日その熱を受けているのだろう。
カイさんは気にする様子もなく、石を固定する台を押さえ直した。丸パンは手の届くところにあるのに、取ろうともしない。
◇
翌朝、私は屋敷で塗り薬と清潔な布を用意してもらい、いつもの帳面と一緒に鞄へ収めた。
「カイさん、少しだけお時間をいただけますか。手を見せてください」
次の日の昼過ぎ、私は工房に着くと、入口の机で鞄を開いた。薬の小瓶と布を取り出してから作業台へ向かうと、カイさんは拡大鏡を外さないままこちらを見た。頬は少しこけ、目の下には昨日よりも濃い影がある。
「手ならちゃんと動く。薬なんかいらないから、帳場に戻ってろ」
「動くかどうかだけではございません。傷が増えていますし、昨日もパンを召し上がらなかったでしょう。できれば、今日は少しお休みになってください」
「パンまで数えるのか、あんたは。……石を一つ削ったら食うよ」
そう言って、カイさんはまた台に顔を近づけた。私は薬の小瓶を持ち直し、作業台の横に立ったまま待った。ここで引き下がれば、手当ての時間も明日に延ばされてしまう気がする。
「職人の手は、この工房でいちばん高価な資産です。仕事ができなくなるようなことがあっては困りますので、資産の管理は帳場に任せてください」
カイさんはゆっくり拡大鏡を上げた。
「……あんた、それ本気で言ってるのか」
「はい。必要でしたら、帳面に手当ての記録も残します。お薬の代金については、あとで精算いたしますので」
窓際から、ミアが小さく咳払いをした。振り向くと、困ったような顔をしている。伯爵令嬢が町の職人の傷を手当てするなど、普通のことではない。屋敷でハロルドが聞けば、あの人の眉も少しは動くだろう。
けれど、昨日見た赤い傷が気になって、私は薬をしまう気になれなかった。
カイさんはしばらく私の顔を見ていたが、やがて大きく息を吐き、細い刃を布の上に置いた。
「分かったよ。……片手だけな。長くかかるなら、自分でやるから」
そう言って、作業台の端から右手を差し出してくれた。
私は椅子を一つ寄せ、薬の蓋を開けてから、差し出された手を両手で受け取った。
思っていたよりも、ずっと熱かった。
指は長く、私の手よりひと回り大きい。掌には硬い部分がいくつもあり、火傷の痕と細かな傷で皮膚がざらついていた。銀の蓋にほとんど見えない継ぎ目を作り、魔石に小さな面を刻む手だ。いつも少し離れたところから眺めていたものが、今は私の両手の上に載っている。
「痛むところがございましたら、おっしゃってくださいね。薬が染みるかもしれませんので」
「そのくらい平気だ。……でも、傷の上はあんまり強く押すなよ」
「はい。気をつけます」
小瓶から薬を少し取り、赤くなったところへそっと塗った。カイさんは動かず、私が指の向きを変えるたびに、それに合わせて手を緩めてくれる。窓の外では荷車が通り、遠くで金槌の音がした。いつもの工房の音が聞こえているのに、なぜか指先だけは、さっきから妙に落ち着かなかった。
考えてみれば、私は誰かの手をこんなふうに持ったことがなかった。ユリウス様とは六年も婚約していたけれど、舞踏会で手袋ごしに指先を預けたことしかない。今は、手袋もなく、傷を確かめるために彼の指を一本ずつ持ち上げている。
これは資産の管理だ。昨日から何度も考えたとおり、今こうしているのは、職人の手を守るために必要な仕事なのだ。
そう思ってから、少しだけおかしくなった。資産なら、もっと冷静に取り扱えるはずなのに、布を取ろうとするたびに自分の指の置き場を考えてしまう。帳面の数字を数えるときには、こんなことはない。
「……そんなに難しい顔するな。傷は逃げないぞ」
カイさんの声がして、私は顔を上げた。彼は少し身をかがめ、私の手元を見ている。眠そうな目が思いのほか近くにあって、胸が小さく跳ねた。
「い、いえ。布が傷に当たらないように、考えていただけです」
「じゃあ、ゆっくり巻いてくれ。急いでないから」
いつもなら、早くしろと言いそうな人なのに。私は返事をして、清潔な布を指に巻き始めた。傷のないところへ端を通し、きつくならないように結ぶ。最後に指が動くことを確かめてから、ようやく手を離した。
「終わりました。しばらくは、熱い石に直接触れないようにしてください」
「それじゃ仕事にならんがな。……助かったよ」
短い礼だった。カイさんは巻かれた布を見下ろし、一度だけ指を曲げ伸ばしする。私は薬の蓋を閉めながら、少しほっとした。少なくとも、手当てを嫌がられたわけではなさそうだ。
けれど、そのまま拡大鏡を下ろそうとしたので、私は思い切って尋ねた。
「もう少し、お休みになったらいかがですか。毎日ずいぶん早くから作業なさっているようですし、昨日も遅くまでかかっていたのではありませんか」
「あと少しだ。石が一つできれば、次の目当てもつく」
カイさんは作業台の布に目を落とした。そこには削りかけの小さな石があり、隣には、先ほどまで握っていた細い刃が置かれている。
私は小瓶を鞄へ戻し、帳面を胸に抱えた。ずっと気になっていたことを、今なら聞けるかもしれない。
「……十日までには、間に合いそうですか」
カイさんの目が、ほんの一瞬だけ横へ逃げた。
侯爵家の執事長にギルドへの登録を尋ねられたときも、同じ顔を見たことがある。あのときも、私には言えない理由があるように見えた。今回も、答えを探しているのだろうか。
「間に合わせる」
それだけ言って、カイさんは拡大鏡を下ろした。布を巻いた指で刃を持ち直し、削りかけの石を台へ戻す。私はもう一度休むように言いかけたけれど、刃先が石に触れるのを見て、言葉を飲み込んだ。
◇
帰り道、春の夕風が坂の上から吹いていた。日中は暖かかったのに、陽が傾くと石畳は少し冷たく見える。私は外套の前を留め、隣を歩くミアに歩調を合わせた。
工房では言えなかったことが、頭の中で何度も繰り返される。刻石は十一個。直さなければならない石は三つ。その差を考えれば、作業が順調ではないことくらい分かる。
「お嬢様。あの職人さん、本当に十日で直せるのでしょうか」
ミアが、少し言いにくそうに尋ねた。私は坂の下の辻馬車を探しながら、なるべく普段どおりの声で答える。
「直すと言っていたわ。だから、もう少し待ってみようと思うの」
「でも、お嬢様の帳面には、刻石が十一個も書いてありましたよね。あれだけ買っているのに、まだ一つもできていないのではありませんか」
私は思わず足を止めた。
「……ミア、帳面を見ていたのね」
「あたし、お嬢様の侍女ですから。お嬢様が何を心配していらっしゃるのか、少しは知っておきたいです」
ミアはまっすぐ私を見ていた。責めるつもりではなく、心配してくれているのだと分かったので、それ以上は何も言えなかった。むしろ、頼もしいくらいだ。
ただ、帳面の余白に『資産の管理』と書き足したことまで見られていたら、少し困る。あれは手当ての理由を書いただけで、別に隠すことではないのだけれど。
「私も、まだ分からないの。カイさんは十日で直すと言ってくださったから、今はそれを信じたいわ」
ミアは何か言いかけ、それから小さく頷いた。坂の途中では、店先の時計が夕方の時刻を告げ始めている。ひとつ鳴り終わる前に次の鐘が重なって、通りに長く響いた。
私は胸元の星時計に手を当てた。今は蓋の修理中なので、工房の作業台にある。外套の下にあるはずの重みがなく、指先は布の上で止まった。
十一個の石のことを、カイさんに聞くことはできなかった。もし失敗しているのなら、その理由を知りたい。でも、あの人が自分から話そうとしないことを、問い詰めたくもなかった。
十日目までは、あと少しだった。
◇
約束の十日目は、よく晴れた日だった。
午後の光はいつもより明るく、青い扉の塗装が剥げたところまで、はっきり見えていた。坂を上る途中でパン屋の窓が開き、焼きたての匂いが漂ってきたけれど、私は足を止めなかった。星時計が今日直るかもしれないと思うと、いつもより少し早足になる。
工房に入ると、壁の時計が一斉に鳴っているように聞こえた。実際にはそれぞれ違う時刻を指しているので、音が重なっていただけなのだろう。窓から差し込む夕方の光の中で、細かな埃がゆっくり動いていた。
作業台の隅には、ネルが置いていった丸パンがあった。朝からそこにあるらしく、包みの端は開かれていない。ピップは窓際に腰掛け、いつもならすぐ始めるおしゃべりを今日は控えている。ミアも私の外套を受け取ると、静かに畳んで椅子に掛けた。
私は入口の机へ向かい、いつもの位置に帳面を置いた。真ん中に置かれていた鉛筆は、今日も先が尖っている。手に取ってみたけれど、すぐには書くことが見つからず、帳面を閉じて作業台を見た。
カイさんは、小さな石を台に固定していた。左手で台を押さえ、布を巻いた右手で細い刃を握る。目の下の影は濃いままだったけれど、石を見つめる顔は、いつになく静かだった。
刃が動くたび、薄い欠片が落ちていく。石の表面には、光を受ける小さな面が一つずつ増えていた。作業台の上で角度が変わると、ほんの一瞬、夜空の星のように光が散る。私は椅子に座ったまま、その手元から目を離せなかった。
今度こそ、と思った。
口に出せば気が散るかもしれないので、私は鉛筆を握り直した。ピップが足を組み替え、ミアが窓際で布をたたむ。誰も話さない。聞こえるのは壁の時計と、刃が石をなぞるかすかな音だけだった。
カイさんが石をわずかに傾けた。拡大鏡の下で刃先を確かめ、もう一度、慎重に手を動かす。
最後の一刃が入った。
ぱち、と小さな音がした。
カイさんの手が止まった。しばらくそのまま石を見つめ、それから台の留め具を外す。彼は小さな石を手のひらへ移すと、何も言わずに指を閉じた。
開いた指のあいだから、白い粉がさらさらとこぼれ、作業台の上に落ちていった。




