第4話 彼と復縁するなんて、ありえない
午後四時、取引先から慌てて戻る。
園に着くと、きら一人がランドセルを背負い、門衛室に残されていた。
「ママ、遅れた」
きらが顔を上げ、恐竜の鞄が背中で揺れる。
しゃがみ、汗で貼いた前髪をわける。
「ごめん。今日は取引先が長くなっちゃった。きら、ママのこと、怒ってない?」
「今回は許してあげる」
考えて、また真剣に見る。
「ママ、困ってるんでしょ」
「そんな——」
「嘘」
きらが遮る。
「ママ、緊張すると唇を結ぶ」
「……」
「困ったら、ぼくに言って」
小さな胸を叩く。
「ぼくはうちの男だよ。ママを守れる」
胸が緩み、頬を摘まんだ。
「わかった。じゃあ、うちはきみに任せた。行こう、小さな男」
きらと篠宮玲は、実はよく似ている。
どちらも冷たい顔を被り、大事な相手には骨の髄まで細かい。
五年前、両親は中絶を勧めた。
「二十三歳、学校を出たばかりで自分を養うのもままならないのに、足手まといまで?」
腹に手を当て、一晩眠らなかった。
翌日、母に言った。生む、と。
それから番号を変え、あの街との連絡を全部切った。
篠宮玲とは、今生、縁を切ったつもりだった。
あの青春の、形見だと思えばいい。
いちご飴の屋台を通り、きらは慣れた手つきでイチゴの串を取ってくれる。
「ママ、イチゴ好き」
笑って受け取り、携帯で払う。
画面が光った一秒、残高が見えた。四千七百円。
四百六十万を送った残りが、これだ。
顔色を変えずに払い、きらに隙を見せない。
この子は、聡すぎる。
夜、きらを寝かしつけ、親友に電話した。
「三十万、貸して——」
「送った」
遮られる。
「説明して。貯金は?」
今日の経緯を一遍話した。
電話の向こうが、二秒静かになる。
「バカなの。轢かれた側が、四百六十万も払う?」
「金で災いを払いたかっただけ。また絡まれたら……」
「性分、いちばん知ってるでしょ」
親友が冷笑する。
「四百六十万で引く男なら、全校に知れ渡るまで追ってきたあの篠宮玲じゃない。待ってなさい。その金、ドブ」
「わかってる」
携帯を握る。
「でも当時のことは、篠宮家に借りてない。復縁なんて、ありえない」
「昭、当時、何があったの」
「聞かないで」
私は言った。
「過ぎたこと」
ため息が落ちる。
「わかった、聞かない。百五十万入れておいた。足りなければまた言って。きらの週末、預け先がなければ呼んで」
切ると、入金の通知が来る。先に一学期分の学童保育を払い、残りは一円も動かさない。
LINEの一番上、「うるさい奴」の枠が静かに残っている。
アイコンは、五年前の一枚だ。
二人の写真を切った影。
開くと、未読が何通も沈んでいる。
朝の四百六十万は、相手がまだ受け取っていない。
二十四時間を超えると、自動で戻る。
受け取ってくれと催促しようとして、キーボードで打っては消し、結局やめた。
そのとき「うるさい奴」が、突然一枚の画像を送ってきた。
今朝、園の門前。画素は荒く、遠くからの盗撮みたいだ。
画面の中、私はしゃがんで、きらの肩ひもを直している。きらは横顔をレンズに向けている。鼻、眉骨、結んだ口——
誰かに、酷似している。
うるさい奴:「ママ、って呼んでた」
五文字を見つめ、背中に冷気が走る。
どこまで知っている。名前か。顔か。それとももう証拠か。
「ママ……」
きらが寝返り、曖昧に呼んだ。
携帯を伏せ、何度も寝返りを打った。




