第19話 #篠宮グループ御曹司 隠し子#
父は椅子に崩れ、長く喋れない。
母は泣き止み、ぼんやり私を見る。
「昭……五年、恨む相手を間違えて、あなたまで……害したの?」
「あなたたちは、私を害してない」
見て、一字ずつ。
「綾瀬家が局を組んだ。それを知らなかった分は、あなたたちには載せない」
「でも」
銀行の流れを抜き、卓に叩きつける。
「最初の一筆を受け取ったとき、この金が篠宮と、私の子どもに関わることはわかってた」
「妊娠も、一人で外にいることも、知ってた」
「五年。千八百日以上」
「きらを産んだ日、十一時間痛んで、同意書の家族欄は、空欄だった」
「電話、一本もなかった」
「ママ」
声は安定していて、安定が怖い。
「あのとき、手元に六千九百万あった。一円もない私が、どうやって生きたか、考えた?」
口を開け、涙が落ち、一語も出ない。
「金は、請求しない」
書類を袋へ戻し、立つ。
「老後に残して」
「毎月、生活費は振り込む。医療費は出す。正月も盆も、品は欠かさない」
「でもパパ、ママ——」
きらの手を引き、入口に立ち、最後に一目見る。
「今日から、私という娘は、生まなかったことにして」
「きらのために親を見る」
「鈴原 昭としてじゃない」
母が追って出て、カードを一枚押しつけてくる。
「昭、金は……本当に浪費してない。あなたに残してある。暗証は誕生日——」
受け取らない。
「置いて」
私は言った。
「買い取りの金は、一円も要らない」
エレベーターが閉まる前、きらが顔を上げ、小さく聞く。
「ママ、おばあちゃん、どうして泣いてたの」
「わからない」
「うん」
考えて、真剣に言う。
「ママは、泣かないよね」
「涙じゃ、問題は解けない。そうでしょう」
一階に着く。
しゃがみ、抱いた。
「そう」
私は言った。
「きらが覚えてるなら、誰より強い」
棟を出ると、陽が痛いくらい強い。
向かいの道、黒いロールス・ロイスが静かに停っている。
篠宮玲は車に寄り、携帯も時計も見ず、ただ立っている。一世紀、立っていたみたいだ。
きらの手を引いて歩く。
「終わったか」
聞く。
「終わった」
ドアを開け、きらが上がり、数秒で眠る——子どもの睡眠は長い。今日の一通り、何もかも見えていて、何も聞かなかった。
篠宮玲がトランクから毛布を出し、きらにかける。
運転席へ回り、エンジンをかけようとしたとき、携帯が鳴る。
画面を一目見て、顔色が変わった。
「言え」
出て、十数秒聞く。顎の線が、少しずつ張る。
「まず抑えろ。抑えられるだけ。弁護士団、三十分以内」
切って、こちらを向く。
「昭」
「ん」
「綾瀬凛が、昨夜、短文を上げた」
携帯を渡される。
SNSトレンド七位。
#篠宮グループ御曹司 隠し子#
先頭は、凛の長文。
『十年待った。たかり女に負ける理由がない』
筆は煽情で、一字ずつ血涙。幼なじみから「計画的な誘惑」、「二十億を持って五年消え、今は子どもを連れて家へ押し入った」まで。
九枚の画像。
最後は盗撮だ。
園の門前、きらが恐竜の鞄を背負い、跳ねている。
モザイクがない。
顔が、はっきり写っている。
文はこうだ。
【これがその子。似てるのは、誰?】
コメント欄は、すでに爆発している。
その写真を、三秒見た。
それから携帯を返し、声は自分でも他人みたいに平らだ。
「一番早い新幹線を」
「篠宮玲、凛が踏んだのは私じゃない」
「息子よ」
「この戦は——」
眠るきらの毛布を直し、顔を上げる。
「私が打つ」
無料で完全版を先行で読む:
https://www.amazon.co.jp/dp/B0HJHG2TRF




