第14話 父は、母さんの十倍、厄介だ
日曜の朝、篠宮玲の車が時間どおり階下に停まる。
きらの手を引いて下り、ドアを開けた瞬間、ごく薄い白檀が鼻に入った。
後席に、チャイルドシートが一台。
ピンクのうさぎ耳。玄関のスリッパと同型だ。
私:「……」
「母さんが買った」
篠宮玲が顔色を変えずにドアを閉める。
「昨夜、夜通し届けさせた。きらの部屋も、水曜から一日一スタイルだ。今は恐竜」
「お宅は——」
しばらく詰まる。
「効率、怖いんですか」
「ああ」
エンジンをかける。
「だから今から、心の準備を」
「何の」
「父は、母さんの十倍、厄介だ」
後席、きらがシートのボタンを研究しながら、顔も上げずに言う。
「怖くない。ママはぼくが守る」
篠宮玲がルームミラーで一目やる。
父子の目が、鏡の中でぶつかった。
一つは冷たく、一つは真剣だ。
似ている。あまりに。
篠宮本邸。
またあの二百年の銀杏、古い屋敷特有の、木と旧い時間の混ざった匂い。
ただ今日、門前に列が一人分増えていた。
執事、使用人、灰色の着物の老婦が茶を捧げ、下車を見て軽く頭を下げる。
「旦那様は、朝からお待ちです」
胸が、ごんと鳴った。
朝から待つ——下馬威に聞こえる。
座敷、篠宮厳が上座にいる。
濃い色の和装、杖を一本。髪は白いが梳かれて一点の乱れもなく、顔は痩せて、目は底の見えない古井戸だ。
篠宮玲の顔立ちは、七分、この人に似ている。
前の卓に、パズルが一盤。
恐竜、二千片。
散らばり、三分の一ほど組んである。
「来たか」
顔を上げず、一片を摘まみ、光に透かす。
「座れ」
また、茶は出ない。
横のソファに座り、きらを膝の横へ引く。
厳がパズルを置き、視線が私を越え、きらに落ちる。
眉から、口角まで。
長く見る。
「名は」
「鈴原 煌!」
きらが明るく響かせる。
「おじいちゃん、こんにちは。きらって呼んでいいよ。仲いい人はみんなそう呼ぶ」
馴れ馴れしさは、篠宮玲に似ない。
誰に似るかは、言いにくい。
厳が二秒見て、ふいに言う。
「篠宮の祖父、と呼べ」
来た。
指が締まる。
きらが瞬く。
「どうして? おばあちゃんは姓を足さなかったよ」
厳:「……」
卓の茶器が、白い細い手に上げられ、受けに戻されて、脆い音がした。
座敷に四人目がいると、そこで気づく。
女が側室から出てくる。ベージュのスーツ、長い巻き毛、化粧は一点の狂いもない。
「おじさま、茶が冷めました。取り換えさせます」
笑って言い終え、今気づいたみたいに目を輝かせる。
「こちらが鈴原さん? お噂はかねがね。綾瀬 凛と申します」
綾瀬凛。
茶杯を持つ指が、ごくわずかに止まる。
五年前、腕を組んでいた人。
五年前、電話に出て「風呂です」と言った人。
「綾瀬さん」
笑った。
「お噂は」
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