第12話 百八十七のイケメン? いらないなら私にちょうだい、選り好みしない!
車内の温度は心地よく、後席できらは深く眠っている。息が柔らかい。
篠宮玲と同じ型から抜いた顔を見ていると、五年前の夏が、一度に戻ってきた。
一年のとき、全校でいちばん熱い名は、篠宮玲だった。
噂では本物の豪門で、校舎の何棟かは篠宮家の寄贈だという。
サークルが金に困れば、最初に当たるのが篠宮玲。
出し方は太く、頼めばほぼ応じ、渡すのは潔く、騒ぎも見返りも求めない。
だがまっとうな美談は回らず、飛び交うのは色恋の噂ばかり。
高級車は毎日代わり、助手席の女は被らない、と言う者。
毎晩クラブ、私生活は乱れている、と言う者。
もっと酷いのは、中学ですでに大事を起こした、筋金入りの遊び人だ、と言う者。
寮の夜話は、毎晩彼の周りを回った。
私の態度は八文字だった。全貌を知らなければ、評さない。
それにわかっていた。私と彼は同じ世界の人間ではない。同じ学校でも命の筋が違い、次元の壁がある。
あの夏は、特別に暑かった。寮が蒸して眠れず、画板を背負って、いちばん奥の梧桐林へ写生に出た。
それから、彼を見た。
真昼の日の下、石のベンチに男子が一人、横たわっている。
黒い半袖、背が高い。腕を額に乗せ、日を除けるみたいに、まったく動かない。
胸が、ごんと鳴った。
この天気、誰もが日を避ける。理由もなくここで焼かれる人間はいない。
足音を殺して近づき、見るほどに様子がおかしい。
顔は赤く焼け、唇は干からびて裂け、全身が弱っている。それでも五官の良さは隠せない。きれいな、澄んだ美しさだ。
「大丈夫?」
小さく聞いた。
何秒もして、やっと瞼が上がる。
目がひどく澄んでいて、噂の遊び人とは、まるで重ならない。
喉が動き、声はほとんど聞こえない。
「水」
鞄の唯一の一本を取り、蓋を開けてしゃがむ。
「自分で飲める?」
茫然と私を見て、小さく首を横に振る。
世話の経験もなく、慎重に口を唇へ当て、少しずつ流し込んだ。
半分以上入って、少し戻る。
歯を食いしばって担ぎ上げた——私は百六十五、彼は百八十七。重くて高く、半ば引きずり、半ば抱えて、医務室までよろめいた。
医師に渡したのを確認し、名も連絡も残さず、そっと出た。
出がけ、医務の低い声が聞こえた気がした。
「坊っちゃま、日射病です……帰ったら罰を食いますよ」
当時は深く考えず、甘やかされた御曹司が自分をいじめたのだと思った。
寮に戻り、親友へ口を滑らせた。
親友が跳ね上がる。
「百八十七のイケメン? いらないなら私にちょうだい、選り好みしない!」
苦笑した。
「ご免被る」
本心だった。静かに本を読み、絵を描きたいだけだ。
普通の恋でも惨憺たる結末になる。豪門の坊っちゃまに触れれば、全校が三文字を貼る。成り上がり、と。
だが、その一度の手を貸しただけで、徹底的に憑かれた。




