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子連れで帰ったら、御曹司が偏愛してきた  作者: zhaozhao


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第10話 おばあちゃん、ママをいじめないで

 朝、きらが裸足で布団に潜り込む。

「ママ、今日どこ行くの」


「お昼、会食」


「ぼくは?」


「佐藤さんの家」


「うん」

 胸に顔を預け、しばらく静かにして、ふいに言う。

「ママ、悪いおばあちゃんに会うの」


 一瞬、固まった。

「誰が……」


「玲さん」

 枕の下から掌サイズの携帯を出す。

「朝、電話してきた。ママが、すごく怖いおばあちゃんに会うなら、ぼくも連れてけって」


「……ほかには」


「誰かがママをいじめたら、このボタンを押せって」

 画面を見せる。連絡先は番号が一つ、備考は星一つ。


「ママ、玲さんはどうしてぼくにこんなにいいの」


 その星を見て、黙った。

 篠宮玲。

 何もかも、先に並べてある。


 出る前、きらにきれいなシャツを着せ、しゃがんで目線を合わせた。


「きら、今日会うのは、悪いおばあちゃんじゃない」


「じゃあ、どんなおばあちゃん」


「実のおばあちゃん」

 私は言った。

「パパのお母さん」


 まばたきして、想像どおり「パパは誰」とは聞かなかった。


「じゃあ、どうして怖いの」


「まだ……きみを知らないから」


「会ったら、怖くなくなる?」


「わからない」

 私は言った。

「試してみてもいい」


 きらが真剣にうなずく。


 篠宮本邸は城南にある。古い屋敷、青煉瓦の塀、庭に二百年の銀杏。

 使用人に通され、座敷へ。彫りの紅木、落地の花窓、午後の光が格子から斜めに入り、柱の中で埃が浮く。

 篠宮夫人が上座で茶を持ち、目を上げない。


「座りなさい」


 茶は出ない。先制だ。

 座る。きらは膝の横に立ち、きょろきょろしている。

 夫人は茶を置き、私を一瞥する。

「五年ぶりね、鈴原さん。顔色はいい」


「おかげさま」


「今日は昔話に呼んだんじゃない」

 横へ顎をしゃくる。封筒が一つ、押し出される。

「新しいの。五年前より体裁はいい。子どもを連れて出ていきなさい。これはあなたのもの」


 封筒は見ない。

「先に、私のを見て」


 自分の封筒を卓に置き、開け、中身を出す。

 紙屑の一把。

 二十億の小切手の破片。五年、取っておいた。


「五年前の分は、裂きました」

 私は言った。

「信じられないなら、繋いでみて。一円も使ってない」


 座敷が静かになる。

 夫人が長く伏し目になり、声が変わる。

「……受け取らなかったの」


「受け取ってません」

 目を見る。

「息子も、売ってません」


 茶をゆっくり置く。

「息子には何て言ったの。この五年、お金を受け取ったと思い込ませて——」


「それは、あなたの版です」

 遮る。

「私のじゃない」


 顔に、一瞬、刺された居心地の悪さが走り、すぐ沈む。

「そう言ったのは、諦めさせるためよ。一円も受け取らずに無駄にしたと知れば、余計に手放せない」


「計算はお上手」


「鈴原 昭」

 夫人が立ち上がり、見下ろす。

「小切手を裂いたのは感心する。それだけよ。一人でこの街で子どもを育てるのは、楽じゃないでしょう。今日もう一度機会を上げる——子どもは残しなさい。篠宮が育てる。あなたは金を持って、出直しなさい」


「残す?」

 笑った。

「何の権利で」


「祖母よ」


「名前、ご存じですか」


「……何」


「鈴原 煌」

 一字ずつ。

「鈴原は私。煌は、あなたの息子が大学のとき言った名前です」

 間を置く。

「昭は光。子どもができたら煌にしよう。昭も煌も、明るい、と」


 夫人が固まる。


「息子が付けた名前を、五年使いました」

 見据える。

「残すと思いますか」


 沈黙。

 唇が動いて、声にならない。


「それと」

 追い打ちを入れる。

「昨夜、篠宮の株を私に譲渡すると言いました。書いてません。今日来たのは、伝えるためです——この家に入りたければ、あなたの許可は要らない」

「でも息子の姓は、鈴原です」


 夫人の呼吸が、目に見えて沈んだ。

「あなた——」


「おばあちゃん」


 脆い声が、間から響く。

 夫人の全身が震える。

 きらがいつの間にか膝を離れ、卓の向こうに立ち、顔を上げて真剣に夫人を見ている。


「おばあちゃん、ママをいじめないで」


 口が開く。


「ママはいい人」

 きらが教科書を暗唱するように、一字ずつ。

「一人でぼくを育てて、すごく大変。人をいじめないし、お金も欲しくない。おばあちゃんが怖いなら——ママは違う」


「ママは……何て言ったの」


「なんにも」

 首を横に振る。

「ぼくが、自分で考えた」


 夫人はその場に立ち、見上げてくる子どもを見る。

 その顔——

 ゆっくりしゃがんだ。動きが硬い。何年もしゃがんでいないのだろう。


「いくつ」


「四歳」


「……四歳」

 繰り返し、手が宙で止まり、触れられない。

「似てる。あまりに」


 誰に、とは言わない。

 だが、わかっている。

 篠宮玲の幼い頃は、たぶんこの顔だ。



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