第67話:少女
視界が、白く染まった。
次に映ったのは、見覚えのない病室だった。
白い天井。消毒液の匂いが、微かに漂っている気がした。
ベッドの上に、小さな少女が横たわっている。脚には包帯が巻かれ、点滴の管が伸びていた。
少女は、声を出さずに泣いていた。肩だけが、小さく震えている。
私は、それを少し離れた場所から見つめていた。
(何、これ……)
自分がここにいる理由も、この光景の意味も、何一つ分からない。
目の前で起きていることのはずなのに、指一本、触れられる気がしない。
しばらくすると、白い服を纏った女性が病室に入ってきた。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
少女は、顔を背けたまま答える。
「困ったら、なんでも話してね。一緒に頑張ろうね」
「……うん」
小さな頷き。
それだけのやり取りが、なぜか胸の奥に、そっと沈んでいくような感覚があった。
(この人は、いったい……)
時間が飛び、流れていく。
ある日、家族らしき人たちが見舞いに訪れていた。
少女は、それまでの沈んだ表情を隠すように、精一杯の笑顔を作っていた。
「平気だよ、大丈夫」
脚の痛みも、不安も、何も見せまいとするように。
家族が帰った後、少女は一人、ベッドの上で、声を殺して泣いていた。
誰にも見せない涙だった。
その様子を、あの白い服の女性が見守っていた。
そして、少女の隣に寄り添い、声をかける。
リハビリの様子。
最初は、支えがなければ立てなかった脚が、少しずつ、自分の力で床を踏めるようになっていく。
その隣には、いつも同じ女性の姿があった。
「痛い?」
「……ちょっとだけ」
「よく頑張ったね。無理せず、自分のペースでね」
その声に押されるように、少女の足取りが、少しずつ確かなものになっていった。
映像が、また切り替わる。
退院の日だった。
荷物をまとめた少女の目には、これまでとは違う涙が浮かんでいた。
「今まで、ありがとう」
「おめでとう」
女性が少女を優しく祝う。
少女は、続けた。
「私ね、大きくなったら――」
視界が突如、暗転する。
真っ黒な世界。
音も、光もない。
ただ、頭の中に、声だけが響いていた。
『そなたの記憶、見させてもらった』
「あなたは……?」
『我の名は、デュランダル』
(デュランダル……そうか、あの剣)
「お願い、デュランダル。力を貸してほしい。アイツを倒したい。みんなのために」
沈黙。
何かを見定めるような時間。
『……よかろう、死神の女よ』
「いや、そこは聖女って言ってよ」
思わず突っ込みを入れてしまう。
(あっ、つい癖で……)
『フッ、面白い女だな』
(おもしれー女ってこと? 褒め言葉として受け取っておこう)
「デュランダル、試したいことがあるんだけど、いいかな」
私はある一つの考えを伝えた。
『仕方ない、よかろう』
「ありがとう、それじゃまたあとで」
そして、私は――目を、見開いた。
「河瀬さん!」
黒田さんの声が、耳に届く。
「大丈夫か!?」
「……ええ」
気づけば、私は剣を握ったまま、その場に立っていた。
「そうか、デュランダルを……」
オルドランが、安堵したように呟く。
「マリア様!」
ノエルが、泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「マリア様……」
「ノエル……」
その顔を見て、ようやく現実に戻ってきた実感が湧く。
しばらくして、彼女はコホンとわざとらしい咳払いをした。
「皆さん。落ち着いてください。マリア様は聖女ですから、デュランダルを握ることができるのは当然のことです。何を恐れていたのですか? 私はちっとも心配ではありませんでしたよ。そうですよね、マリア様?」
「え、うん……」
(体が勝手に反応していただけ、とは言えないなぁ……)
「あれれー、おかしいなぁ……僕には『マリア様!』と叫ぶ声が、たしかに聞こえた気がするんですよ。この中で、その呼び方をするのは――ってうわぁぁぁぁ!」
そう言い残して、名探偵は遠くまで吹っ飛んでいった。
「いけない、力が暴発してしまいました。私はまだ、この力を上手く使いこなせていないようです……」
遠くから「嘘つけ!」と声が聞こえた気がした。
◆◇◆
仕切り直すように、黒田さんが現状を整理する。
「――そして鍵となるのは、あのコアの存在。それを叩けば勝機がある、と」
「だが、そもそもアイツに近づくことすら容易ではないだろう……カイルと私は、長く持たなかった」
オルドランが、苦い表情で言う。
沈黙が流れる中、黒田さんが口を開いた。
「……そこで、俺に秘策がある」
その一言に、全員の視線が注がれた。




